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※アスカガ・戦後
※若干の大人描写有り
『My Immortal』 後編
先に風呂を終えたカガリは、ベッドに腰掛けて、髪を乾かしていた。
彼女の視界の端には、例の箱がある。ドライヤーの電源を切ると、そっと手に取って、開封してみる。
箱の形状から予測していたが、中身はやはりネックレスだった。ペンダントのデザインは、ダイヤモンドが一粒だけ付いたシンプルなものだ。
さっそく身に着けようとするが、なかなか留め金が嵌らない。仕方なしに、留め金を前に持ってこようとした時、頚椎のあたりに、湯で火照った男の指が触れた。
「……アスラン、ありがとう。これ、すごくキレイだな……」
鎖骨の下にぶら下がっているダイヤモンドを手の上に乗せて、後ろを振り返らずに言う。
すると彼は、背後から抱きつき、「……うん」とだけ返した。その小さな呟きは、カガリの首筋に顔を埋めているせいで、くぐもって聞こえる。
「ごめんな。あんな風に言いたかったわけではなくて……本当は、ちゃんと嬉しかったよ」
「……うん」
未だ、声はくぐもったまま。アスランの濡れた髪から水滴が伝い、カガリの肩をぐっしょりと濡らす。
「早く髪乾かさないと、風邪ひくぞ。……というか、私も冷たい」
聞いているのか、聞いていないのか、抱きしめる腕の力が強くなる。気の済むまで、そのままにしておこうと思っていると、独り言のようにアスランが喋り出した。
「……一回、失敗してるから」
失敗? と思うと、アスランが続ける。
「カガリのこと分かっているふりして、指輪を押し付けたから。本当は、そんなもので繋ぎとめたって、仕方ないのに……自分が、安心したくて……。
これは、そんなんじゃなくて、カガリに似合いそうだから贈りたかったんだ。でも、本当にそれだけだったのか、自分でも確信が持てない……。カガリに『こんなの、貰えない』って言われて、見透かされたような気がした。格好悪い。本当に捨ててくれて構わない」
「……そんなこと考えていたのか」
カガリがアスランの気持ちを踏みにじったと後悔していたように、アスランもまた、後悔していたのだ。
「アスラン。お前、勘違いしてるぞ」
いらないと言ってしまった本当の理由を話すと、彼は、呆気に取られたように口ごもり、ぽつりと漏らした。
「勘違い……」
「そう。勘違い」
はあー、と大きな溜息が聞こえてくる。
後ろを振り返り、両手で彼の頬を挟む。彼の目を見て、伝えたいことがあった。
「気持ちが揺るがなければ、形に拘らなくても良いってことだろ? じゃあ、形があったって良いじゃないか。
捨てたりなんかしない。アスランから、貰ったものは、全部大事に持ってる。……だから、もう捨てろなんて言うなよ」
彼から貰ったものは、決してこんな綺麗で優しいものばかりでは無かった。今でもじくじくと痛むような傷も多い。それでも、その全てを、カガリは手放せないでいる。
アスランの瞳が揺れる。カガリは優しくアスランを引き寄せ、抱きしめてやった。今度は、反対側の肩が濡れる。
「君は、まるで俺のして欲しいことが、全部分かっているようだな……。俺は、カガリの本当を、分かっていてあげられているんだろうか?」
「分かろうとしてくれるだけで、嬉しいよ」
本当につらいのは、理解されないことではなく、理解する努力を放棄されることだ。一度目の宇宙戦争が終わり、オーブの代表首長に担ぎ上げられた時、カガリの意見は嘲笑を買い、誰も耳を傾けてはくれなかった。
アスランだけが、向き合ってくれた。その期待が重荷であったこともあるけれど、今まで頑張ってこれたのは、間違いなく彼のおかげだった。
「諦めないでくれて、ありがとう」
万感の想いを込めて、その言葉を告げる。
いつか来る別れを恐れながら、どこかで諦めもしていた。自分の気持ちの貫き方を知らなかった子供は、想いを断ち切るか、人目を忍んで想いを交わすか、二つの道しか見つけることが出来ずに立ち竦んでいたのだった。
少しは視野が広がった今でも、自分達の危うさに、胃のあたりが重くなったように感じることはある。それでも、道行の不確かさですらもアスランが受け入れてくれるのなら、そのために必要な努力をしようとカガリは決めている。
想いが胸から溢れてきた。
カガリは、口元にあるアスランの耳を、そっと口に含んだ。
「――っ!」
がばりと音を立てて、アスランが顔を上げる。アスランの髪から飛沫が飛んできたので、カガリは顔を顰めた。
「あ、ごめん……」
「もー、冷たい!」
ドライヤーをあててやる。手つきが乱雑だったが、アスランは大人しくされるがままになっていた。
熱風を止めて、手櫛で髪を整えていると、アスランが呟いた。
「さっき……俺の耳を……」
言いながら、頬を赤く染めている。
「駄目か? アスランのして欲しいこととは違った?」
からかうように言ってやると、今度は耳まで赤くなった。
「……違わない」
湯上りとはまた別の理由で熱くなった手が、カガリを押し倒し、むき出しの肌に触れる。アスランの心が染み込んでくるようで、カガリは泣きたいくらいの幸福感に酔いしれた。
そうして、カガリは、掠れた甘い声を漏らしながら、アスランの望むままに応えたのだった。
*****
濃密な夜が明けた朝。
鎖の感触で目を覚ましたカガリは、日の当たり方によって輝きの色を変えるダイヤを、飽きることなく眺めていた。
今、カガリは苦しいような幸福を手にしている。この幸せをくれた人に、何を返せば良いのだろう。
隣で寝息を立てているアスランの顔を覗く。穏やかで、幸せそうな顔をしていた。
アスランと一緒にいて、辛いことはあるけれど、不幸だと思ったことはない。
(なあ……お前も、そうなんだろう?)
答えはない。だが、聞かなくても、カガリには分かっていた。
甘い気持ちが押さえられなくなって、逞しい腕に頬をすり寄せる。さらさらとした人肌が心地良い。
カガリは瞳を閉じると、一瞬の中に宿る光を、そっと手の内に閉じ込めた。
《前編・後編》