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※アスカガ・戦後
※若干の大人描写有り
『My Immortal』 前編
しゃらり、という音が耳について、カガリは目を覚ました。
目を覚ました途端に、ひやっと冷たい感覚が首元に走る。触って確かめてみると、それは細い鎖だった。
ああ、そうか、と得心して、鎖の先にある硬い結晶を大事に握り締める。そうして、仰向けになったまま、それを目の前で透かしてみると、カーテン越しの弱い光の中でも、キラキラと輝いて、目に沁みるほど眩しかった。
カガリは、じんわりと滲んだ涙を、指でそっと拭った。
(ダイヤなんて、高かったんじゃないのかな……?)
このネックレスは、昨夜、アスランから貰ったものだ。
昨日は十二月二十五日、クリスマス。オーブでは通常、イブの方が賑わうものだが、仕事の都合によって、二十四日は逢うことが出来なかった。それでも、互いに無理を重ねて漸く二十六日は一日オフにすることが出来たので、昨夜、二人は示し合わせて、アスハ家の別荘を訪れたのだった。
*****
別荘には、アスランの方が遅れてやってきた。念のため、人の目に付かないよう、別々に行動することにしたのである。
この日のアスランは、ベージュの涼しげなスーツを着ていた。偶然ではあったが、カガリもオフホワイトのワンピースを身に付けていて、まるで揃いの服を着ているように見える。
アスランもそれに気が付いたのだろう、ふっと目元を和らげて、洗練された物腰でカガリをエスコートした。
夜会でもないのにエスコートされるのは気恥かしい。だが、アスランの腕には頼もしい存在感があり、決して嫌な気分ではなかった。カガリは、そっと彼の肩に頬を寄せ、アスランに身を任せてみた。
彼らは、寄り添いながら、食卓までの短い距離をゆっくりと時間を掛けて歩いた。
席に着くと、早速シャンパンを開けて、ケータリングの食事をつつく。急に手配したにしては、なかなかの味だ。
二本目のボトルを開けた頃、アスランがおもむろに、スーツの内ポケットから細長い箱を取り出した。
「これ、クリスマスプレゼント」
「え? でも、プレゼントは用意しないって……」
お互い忙しくて、プレゼントを用意する間もないのだから、今年はプレゼントを買わなくても良いということにしていた。そもそも、相手に逢えることこそが、互いにとってのプレゼントのようなものなので、それで納得していたはずなのだが――どうやらカガリだけが、その約束を真に受けていたらしい。
「いいよ、そんな……。こんなの、貰えない」
(私だけ、貰えない……)
可愛気のない声が出た。アスランに申し訳ないと思う気持ちが、カガリを意固地にさせているのだが、その実体は、馬鹿な自分への憤りの裏返しであった。
アスランは不安そうに瞳を彷徨わせた後、無理矢理カガリの手に箱を握らせた。
「俺が、カガリにあげたかっただけだ。いらないなら、捨ててくれても良いから……」
「捨ててもいいって……」
カガリは自分が失敗したことを悟った。もっと言い方があったのだ。次回までに自分も用意しておくと言って、素直に受け取っておけば良かった。
プレゼントの箱をテーブルの隅に置いて、幾分か味気のないものとなった食事は再開された。
(また、やってしまった……)
以前に比べれば大分マシにはなったが、カガリは思ったことを率直に言い過ぎるきらいがあった。それも、大抵言葉足らずで、意味が曲解されてしまうようなことを、ぽんと弾みで言ってしまう。
とは言え、カガリも随分学習して、そのまま喧嘩に雪崩れ込むようなことは無くなったのだが……。
この失態は、取り戻せるのだろうか。アスランは、むっつりと押し黙り、カガリとの間に壁を作っている。その姿は、自分を傷つけられまいと、身を丸めて針を逆立てているハリネズミのようだった。
今は、何を言っても白々しく聞こえてしまうことが分かっているので、黙々と食事を進め、機会を待つことにした。
食事を終えると、二人で協力してテーブルを片付ける。人払いをしてあるので、誰も皿を下げてくれる者がいないのためだ。
一応、別荘の管理人からは、そのままで良いと言われているが、アスランもカガリも、自分の身の周りのことは自分でした方が気楽だと思っている。そのため、管理人の仕事は、遣り甲斐の小さいものとなるに違いない。
共同で作業を進めていると、少しずつ会話が戻ってくる。時々、気まずそうに向けられる視線から察するに、アスランはハリネズミからハツカネズミになったようだ。
(そろそろか……。今回は、私が悪かったから、私から謝らないと……)
食器を洗い終わると、アスランがまたエスコートしてくれる。そこには、席に着くまでの甘やかさは無いものの、歩み寄ろうという意思は感じられた。
このままの流れでいくと、恐らく身体を合わせることになる。少なくともアスランはそのつもりだろうし、カガリも事情がある場合を除いて、それに応えることにしている。
しかし、その前に、しこりを解かしておきたいと思った。
あの行為は、諸刃の剣だ。身体の最も深い部分で交わるだけに、何かが通じ合ったと錯覚してしまう恐れがあるのだから。
ほんの小さな蟠りが、離れている間に雪達磨式に膨らむこともある。不信は、心の中に鬼を棲まわせ、互いの身も心も食い荒らす。
それを身を以って知っていれば、今夜の行き違いを、うかうかと見過ごすのが恐ろしかった。
あの日。あの茜日差すエーゲ海で。
カガリは、無邪気にアスランとの再会を喜んでいた。彼がプラントに行ってから連絡が途絶えた上に、自分もオーブを離れてしまい、彼の所在を確かめることが出来ないでいたのだ。
しかし、その喜びも、燃え立つように赤いザフトの機体を目の当たりにした途端、疑念と憤りに変わってしまう。
――どういうことだっ、アスラン! ずっと……ずっと、心配してたんだぞ! なんで、何でまた、ザフトに戻ったりなんかしたんだ!?
一方で、他の男と結婚するために外した指輪を、何事も無かったかのように指に嵌めていた自分は、アスランの目にはどう映ったのだろう。
――あそこで君が出て、素直にオーブが撤退するとでも思ったか!? 君がしなけりゃならないことは、そんなことじゃ無いだろう!? 戦場に出てあんなことを言う前に、オーブを同盟になんか参加させるべきじゃ無かったんだ!!
ずたずたに斬りつけられたような心地がした。
二人の間で、蟠りは密かに、だが確かに、息づいていたのだろう。しかし、味方が互いにしかいない状況で、アスランもカガリも、暗黙のうちに、それを指摘し合うことを恐れていた。指摘して、どうしようもない溝と、その先にある別れを目の当たりにすることが怖かったのかもしれない。
――理解は出来ても、納得出来ないことだってある……俺にだって……。
最後に言われたこの一言は、未だにカガリを、身体の中へ重い石を落とし入れたかのような心地にさせる。
今夜、このしこりが解けた時、カガリはアスランと何を通じ合わせるのだろう――。
《前編・後編》