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※アスラン視点の無印49話
『暗渠』
――地球軍艦隊、進撃を開始します!
それは、アークエンジェル管制官からの通信だった。
アスランは、瞬時に時が来たことを悟った。
いつも、戦場に出る時は、少し脈が速くなる。だが、今回は戦闘を掻き立てるような昂揚はなく、静かに速まる鼓動を感じていた。
この混迷し続けた戦争が最終局面に入りつつあることは、誰の目にも明らかだった。宇宙でつぶさに戦局を眺めていた者達――クサナギ、アークエンジェル、エターナルの船員にとっては、来るべき時が来たという緊張があった。
この戦争を終わらせる。それが、彼らの目的であり、存在意義なのだ。
アスランも、彼らと志を共にする者としてここにいる。
この戦争を間違った方向に導いたのは、アスランの父であった。故に、アスランにとって、この戦争を終わらせるということは、父を止めるということと同義であった。
今、事態は予測し得るよりももっと速く、そして悪い方向へと進んでいる。
遠距離大量破壊兵器の保持の目的は、軍事的侵略の抑止にある。だが、互いにジョーカーを出してしまった両軍は、ひたすらに相手の殲滅だけを祈り、自ら滅びの道を辿っていた。
決戦の始まりは、地球軍が動いたことによって始まった。ジェネシスが砲を撃つのが先か、核が光を放つのが先か。
現段階では、ザフトの方が優勢に思われた。地球軍は、月からの増援が整わず、自軍の五割を消失したままなのだ。尤も、援軍を待つ猶予がないことは明らかであったが。
ジェネシスの次の照準は、地球軍の基地のある月か、あるいは地球か――。
アスランには、いずれにせよザフトは地球を撃つだろうという確信があった。父、パトリック・ザラ評議会議長の瞳が蘇る。あの憎しみを孕んで血走った瞳。あれを、間近で見たアスランだけにしか分からない真実だった。
じくり……と、とっくに治っているはずの左腕の傷が疼いた。
****
あの日、アスランは、ザラ最高評議会議長ではなく、パトリック・ザラ一個人として、彼がどうしたいと考えているのかを知りたいと思っていた。それを聞く為に、特務隊の軍人としてではなく、彼の息子として、正面から父を訪れたのだ。
パトリックの机には、写真が飾られていた。
彼が息子に向けて銃を放ったときに、床に落ち、息子を追い詰めようと、足蹴にした写真立て。倒れた床で、アスランは初めてそれが、幼い時分に母と撮影した写真であることに気がついた。
割れたガラスの中で、母と子は寄り添い、離れて住む父のために微笑んでいる。
それは完璧な家族のイメージであった。
(どうして、俺も父も、こんなになっても気がつかない……!)苦い悔恨がアスランの胸に広がった。
始まりは同じはずだった。母が死に、二人は彼女の死を悼み、ナチュラルを憎んだ。そして、父は狂気の最中に身を置き、アスランは人を屠る兵器ではいられなくなった。家族は散り散りになり、もどかしさとやりきれなさだけが残った。
――見損なったぞ、アスラン。
――っ、俺もです……。
零れそうな涙を堪えて、あの日、父と決別した。それ以来、父とは話していない。
****
終わらせなければならない。この手で、必ず。
それは、彼の息子であるアスランが果たさねばならない役割なのだ。
できれば、もう一度父と話し合う勇気をくれた彼女のためにも、父の意思によって戦争を終わらせたい。
しかし、例え運良く父を改心させることができたとしても、父がその後に辿る道を思うと暗い気持ちになる。
だが、一人では逝かせない。脱走兵であるアスランも、遠からず、父と同じ末路を辿るだろう。不肖の息子が道ずれでは、父も不本意かもしれないが、孤独なままで逝かせてしまうのは、どうにも耐えかねた。
最後くらいは家族は共にいるべきなのだ。
もう十六になるアスランは、それが、子供染みた執着であることを充分に承知している。だが、まだ十六になる前の少年は、二ヶ月考え抜き、それでも尚、これ以上の帰結を結べずにいた。
モニターの電源を入れる。射出口周辺の映像が映った。
アスランは、パネルを操作してモニターを二分割すると、ルーキーを援護するために、クサナギの射出口も映した。すると、暗闇で一際輝く青が映り込んだ。
人間達の醜い争いを何も知らない生命の星は、静かに青く光って、ぽっかりと闇に浮かんでいる。
ふと、帰りたいと思った。目の奥が熱くなって、強烈にそれだけを思った。
だが、それはほんの一瞬のことだった。すぐに、彼は震える口元を引き締めた。
一体、どこに帰るというのだろう。安らげる場所など、もうどこにもないというのに。
特務隊にまで昇進したザフトのエースパイロットが、プラントを出てここにいる事実。それを取り違えるほど、彼は無能でも軽薄でもなかった。
後は、暗く冷たい水の流れに身を任せれば良いだけだ。行き着く先は、分かっている。
それでも、唯一の希望について考える。
自分のできること、望むこと、すべきこと――それは、「守る」ということ。
お前、死なせないから! ――そう、彼女は言った。
君は、俺が守る……。――そう、アスランも言った。
彼女は生き残らなければならない人だ。破壊によってのみ自らを癒せると信じ、プラント全市民を巻き込んだ父ではなく、彼女のように誰かに希望を与える人こそが、やがて来る新時代を照らすに相応しい。
アスランの破壊と殺戮の能力が、仲間と彼女と、そして未来を守るのだ。
最期が見えているアスランには、もうそれだけしかできないけれど……
この赤い機体は、アスランに良く応えてくれるだろう。
彼がバーニアを吹かすと、正義の名を持つ機体は、流れるように暗闇に呑まれていった。
【あとがき】
(011028:四方山)
ずーっと、この書こうとしていて、ずっと中途半端なままパソコンに眠らせておいた作品です。
思っていたようには書けなかったなあ……。上手くまとめようとして、削ったからかな……。
「カガリに逢えてよかった。君は、俺が守る」と言った時のアスランの心情を想像して。
どこまで死ぬ覚悟があったのかなあ、と。パトリックと刺し違える覚悟ではあったと思うんですけど、でも、それだとカガリの励ましは信じてなかったということになるし。
人を信じているアスラン(言い換えれば、騙されやすい)なので、最悪を考えながらも、希望を信じていたんではないかなという結論に至りました。