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※アスカガ・オリキャラ視点・戦後IF
『サマータイム』
06.
僕を連れ去った車は、市街地を走っている。窓の外では、この国の経済力を示すようなビルがニョキニョキと聳え立っていた。
僕を子供と侮ってか、目隠しはされていなかったから、外の様子を観察し、何処に連れ去られようとしているのかを考える。
そして、それと同時に、この金色の女性が僕を浚った理由についても考えていた。
金か。いや、それにしては、高級車に乗り、多くの人に傅かれているのだから、この女性は裕福そうだ。僕の家の何倍も金を持っているのだろう。僕の家は、決して貧しくはないが、裕福というわけでもない。今回は奮発して海外旅行に来ているが、そうそう旅行が出来るような経済状況ではないのだ。
「大人しいな。学校でも、どちらかというと静かな方なのか?」
思考中に、唐突に彼女が話しかけてきたので、うっかり「……はあ」と間抜けな返答を返してしまった。大人しいのは、この非常事態に緊張しているからであって、つまりはこの女性のせいだというのに。
もう誘拐犯とは話をしたくなかったので、じっと黙っていると、僕を無口な性質だと決め付けてか、車中で彼女が再び話しかけてくることは無かった。
市街地を抜けると、こんもりとした森がある場所に出た。車は、森の中へと入り、坂道を登っていく。
これから僕は、粗末な山小屋なんかに連れて行かれて、監禁されるのだろうか。彼らのアジトは別にあって、ここで置き去りにされるから、目隠しの必要がないのかもしれない。そんなことを考えていると、木立が途切れて、拓けた場所に出た。
そこで、僕が見たものは、お城だった。
いや、自分でも何を言っているんだろうと思うんだけど、それは間違うことなく西洋風のお城――もしくは、欧州の老舗ホテルのような外観をした建物だった。
セキュリティをパスして、車が塀の中へと入っていく。
口を半開きにしながら、女性と共に車を降り、建物の中へと入る。外観に違わず、中の装飾も豪奢であった。豪奢でありながら、品が良く、風格とでもいうべきものがあった。
女性は泰然とその中を歩き、揃いの服を着た使用人らしい人達の出迎えを受けている。僕は、その後ろを、縮こまってそろそろと歩いた。
使用人の出迎えを過ぎると、制服を着ていない一際大きなおばさんが、僕らに近付いてきた。ちなみに、この『大きな』というのは縦幅だけのことではない。父と同じくらい身長があるようだったが、横幅は父の二倍以上あった。
「お帰りなさいませ」
「うん。ただいま」
この大きなおばさんは、金色の女性に向かってたおやかに一礼し、頭を上げた瞬間、耳を劈くような大声を上げた。
「まあ! まあ!! まあ~ア!!! そちらの坊ちゃまは、もしかして――」
「そう。アイツと逸れたようだったから、連れてきたんだ。こんな炎天下で、子供を一人で置いといたら倒れちゃうだろ?」
びりびりと痛む鼓膜を押さえて、突っ立っていると、ふくよかな身体を押し付けるようにして抱き締められる。まるでウォーターベッドが襲い掛かってきたようだ。
「まあ、まあ、こんなに汗を掛かれて、お可哀想に!」
腕の力がさらに強められる。戸惑った瞳を金色の女性に向けると、彼女は苦笑し、僕を抱き締める大きなおばさんを嗜めた。
「こらこら、もう離してやれ。アサヒがびっくりしてるぞ」
「まあ! わたくしとしたことが……大変失礼致しました。すぐに、冷たいお飲み物をお持ち致します」
「うん、頼んだ。あと、簡単に作れるもので良いから、おやつを用意するように伝えて欲しい」
「はい。先に連絡を頂きましたから、既に厨房に用意させております」
「そうか。相変わらず、皆仕事が早いな。助かるよ」
労わられると、使用人達は皆、少し顔を緩めた。ここの人達にとって、この金色の女性は、良い主のようだ。
「さあっ。疲れただろう、アサヒ。こっちにおいで」
彼女は、僕の背中を軽く押し、奥の部屋へと誘った。
僕が通されたのは、食堂のような場所だった。
女性と共に席に着くと、ほんのり白く濁った飲み物を差し出される。口を付けるべきかどうか迷っていたが、僕を見つめている人々の期待に満ちた視線が痛くて、おずおずと口に含んでみる。
すっきりとしたレモンの風味とシロップの甘さが、乾いた喉に染み渡る。それは、とても美味しいレモネードだった。
思っていた以上に身体が水分を必要としていたらしく、あっという間に飲み干してしまった。すると、すかさず空いたグラスが下げられ、御替りが運ばれてくる。
それも半分ほど飲んで、人心地つくと、女性はにこにこと微笑んでいる。そんな彼女の姿を見て、使用人達も微笑んでいる。僕は、皆の妙に優しい視線が落ち着かなくて、もじもじとしてしまう。
なんとなく気まずい時間を過ごしていると、いきなり振り子時計が鳴ったので、びくっと身体が跳ねた。
鐘が全て鳴り終わと、ワゴンが運ばれてきた。ワゴンを押す使用人の少し前を、先ほどの大きなおばさんが歩いてくる。
「お待たせ致しました」
「おっ! ちょうど、おやつの時間に間に合ったな」
女性と僕の前に、皿が置かれる。まだ暖かいのか、ほのかに湯気が立っている。なんというお菓子なのかは知らないけれど、アイスクリームやフルーツが添えらた上に、チョコレートソースでデコレーションされていて、見た目がとても綺麗だ。
「本当に簡単なもので、申し訳ないのですけれど……」
「いや、充分だよ。それに、子供は変に凝ったものよりも、こういう派手なお菓子の方が好きなんだよ。私も子供の頃は、パンケーキが大好きだった」
パンケーキ! これはパンケーキなのか!
僕は、軽いカルチャーショックを受けた。
パンケーキは、父がよく作ってくれるお菓子だった。粉と卵と牛乳を混ぜて焼けば良いだけなので、忙しい父でも作ることが出来たのだろう。
僕の知っているものとは大分姿が違うので、これを見ても、そうだとは気が付かなかった。パンケーキには、バターとメープルシロップしか付けないのだと思っていたのだが、アイスクリームやら何やら乗っけても良いのだろうか。
「お二人とも、早く召し上がりませんと、アイスが溶けてしまいますよ」
「そうだな。早く食べよう」
おばさんと女性に勧められるが、手を付けるべきかどうか逡巡する。
だが、いつ助けがくるか分からないのだから、食べておくべきなんじゃないかと思った。おそらく、この人達も、僕に人質としての価値があるから、こうして飲み物や食べ物を与えるのだろう。
切り分けたケーキに、アイスを少し乗せて食べてみる。
冷たいアイスと暖かいケーキが交じり合って、口が蕩けそうだ。それに、父が作ったものと違って、あの甘ったるい専用の粉の味がしない。お金持ちのパンケーキは、庶民の食べるものとは違うのだろうか。それとも、オーブとスカンジナビアの食文化の違いだろうか。
黙々と食べているつもりでも、つい顔が綻んでしまう。僕の感情は女性にも筒抜けで、彼女は瞳を細めて僕を見つめていた。
僕は、居心地が悪くて顔が強張ってしまった。どうか、そんな親しみを込めた顔で微笑まないで欲しい。それは相手に絶対的な安心感を与える表情であったが、僕は彼女からその安心を享受出来ない関係にいるのだ。
世の中には、こういう顔が出来る人と、出来ない人がいる。僕はその違いが何に寄るものなのか、自分なりに答えを得ていた。
そこで漸く、今まで見つからなかった鍵を探し当てたことに気が付く。もしかして、この女性は――
白いものが落ちて、お腹の辺りがひんやりした。見ると、白いものが紺色のポロシャツに付着し、重力に従ってべったりと流れている。最後の一口と思って口に運んだケーキから、溶けかけたアイスが落ちたのだ。
「ああ、零しちゃったな」
先に食べ終わった女性が、ナプキンで拭いてくれる。
「……ん~、洗濯した方が良いかな。汚れたもの着ているのは、気持ちが悪いだろ? って、お前、このシャツ、塩噴いてるぞ」
「え……ぼく、くじらじゃないです」
「は? ぶくっ! あははははっ!!」
何故笑われたのかがよく分からなくて、困惑してしまう。使用人達にも、可笑しそうに口元を押さえている人が何人かいた。
彼女は、良い子良い子といった風に僕の頭を撫でて、言った。
「よし! 汗をかいたから、さっぱりしたいだろう? 服を洗濯して、一緒にお風呂に入ろう!」
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