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※アスカガ・オリキャラ視点・戦後IF
『サマータイム』
03.
身体を揺さぶられて目を開くと、窓の外は、もう真っ暗だった。雨が降っていたことが嘘のように、空には星が瞬いている。
「ご飯、食べに行こう」と、父が言った。
もうそんな時間か、と思いながら身体を起こす。まだ眠気がすっきりしていなくて、もう一度ベッドに沈み込みたい気分だったのだが、ご飯を食べ損ねるのは嫌だ。
父に手を引かれて連れて行かれたのは、最上階にある展望レストランだった。
大きなぶち抜きの窓からは、海が一望できるようになっている。水面には、月影と灯台の明かりが浮かんでおり、幻想的な絵画のようだった。
「たかそうだね。……いいの?」
父は苦笑して、僕の焦げ茶の髪を撫でた。
「子供が、そんな心配するな。それぐらいの金はあるさ。それとも、ここで食事するのは嫌か?」
「ううん」
カウンター席から調理する様子が見えるようになっていて、フロアには、じゅうじゅうと肉や魚の焼ける音と匂いが漂っている。
「あそこのせきがいいな」
カウンターを指差して言った。
僕達の会話を聞いていたボーイが、希望通りの席へ案内してくれた。
このレストランでは、目の前で、ロブスターを丸ごと焼いてもらった。近海で取れただけあって、新鮮で美味しかったことを覚えている。
「なんだか、飲みたい気分だな……」
食事の後、父がぽつりと呟いて、同じ階にあるバーへと連れて行かれた。こんな大人の店に連れて行ってもらったのは初めてだったので、好奇心の赴くままに、きょろきょろと見渡してしまった。
こちらにも、大きなぶち抜きの窓があったが、見える景色は随分違う。こちらは、市街地の夜景が見下ろせるようになっていて、まるで街に星が落ちてきたように煌びやかだった。
フロアには、カウンターが一つと、窓際に背の低いソファーとテーブルがいくつか。
シャカシャカという小気味の良い音が聞こえてきて、見れば、バーテンダーが小さな8を描くように、小刻みにシェイカーを振っていた。
「――あそこの席が良いのか?」
じっと見つめていたから、流石に分かるのだろう。「うん」と言うと、「ちょっとお店の人に訊いてみよう」と、父はカウンターへと歩いていった。
カウンターには、揃いの制服を来たバーテンダーが二人いて、一人が先客の相手をしており、もう一人はグラスを磨いている。
「子連れなんですが、カウンターでも良いですか?」
父が、グラスを磨いていた方に話しかけると、彼は上品な笑みを湛えて、「勿論でございます。こちらへどうぞ」と、一番端の席へと案内してくれた。
スツールの座面が高すぎて登れないでいると、父が抱っこをして座らせてくれる。高くなった視界からは、多種多様なデザインのボトルが整然と並んでいるのが見えて、圧巻の一言だった。
磨きぬかれた黒いカウンターは、顔が映りこむほど艶々と光沢を放っており、バーテンダーがコースターと灰皿、乾き物の小皿を見目良く並べる。
「シーバスリーガル、ロックで。それから、この子には、何かソフトドリンクを――何が良い?」
「シャカシャカしたのが、のみたい」
「シャカシャカしたやつ? あれは、お前にはまだ早いんじゃないか?」
バーテンダーを窺うと、彼はにっこりと微笑んだ。
「ソフトドリンクも出来ますよ」
「ほんと!?」
「はい。牛乳は大丈夫ですか?」彼は父ではなく、僕に訊いた。子供の僕にも敬語を使ってくれているのが、大人になったようで、とても気分が良い。
「のめます!」
「では、シーバスのロックと、オリジナルで」
彼は、恐ろしく手際が良かった。それだけではなく、非常に洗練されていた。その流麗な作業に見とれている間に、ドリンクが二つ出来上がっていた。
「じゃあ、乾杯」
チン、と澄んだ音を立てて、父のグラスが、僕のグラスを揺らした。
周りの大人を真似て、手馴れた仕草でグラスに口を付けてみる。僕は、もうすっかりバーで酒を嗜む大人の男に成りきっていた。但し、グラスの中身だけを覗いて。
そんな僕の小さな紳士ぶりを、父とバーテンダーが目を細めて見つめている。
「外国から、いらしたんですか?」バーテンダーが訊ねた。
「ああ、そうなんだ。よく分かったね」
「分かりますよ。オーブでスコッチを頼む方は、あまりいらっしゃいませんから」
父が機嫌良さそうに頷く。
「確かに、スコッチが似合うような気候ではないな。オーブビールなんかを、ビーチでごくごく飲むと美味いんだろうけど……今日は、なんとなく濃いのが飲みたくて」
「仰るように、オーブビールは、オーブで飲んでいただきたいですね」と、バーテンダーも同意した。
父は、オーブに来てからビールは飲んでなかったはずだが、酒のことなど何も分からなかった僕は、大人は何でも知っているんだな、と思った。
「どれぐらい滞在なさるんですか?」
「一週間だけど、飛行機の都合で、オーブにいるのは正味五日というところかな。明後日には、飛行機に乗るよ」
ああ、そうだったと思った。明日で、このヴァカンスも終わりなのだ。ワンダーランドにいたのに、急に現実に連れ戻されたような気がした。
「あしたは、どこいくの?」
「オーブ国立博物館だよ」
「……うみ、いきたい」
まだ、クロールをマスターしていなかったし、雨で崩れてしまったお城も作り直したい。なにしろ、写真にすら収めていないうちに、雨が降ってきたのだ。
海が駄目なら、モルゲンレーテ博物館でも良い。もう一度、近くでモビルスーツが見たかった。
やり残したことは沢山あるのに、時間は確実に零れ落ちていく。
しかし、父は僕の気持ちが分かっていないようだった。
「ホテルに帰って来たらな」
父は、海にばかり行きたがる僕を、呆れた目で見ている。
「明日は、アスハ代表も来られるそうですよ。アスハ家文書を博物館に貸し出したとかで」
「……みたいだね」
「アスハだいひょうってだれ?」
「この国の……首相と国王を足して二で割ったような人のことだ」
「そんなえらいひとがくるなら、はくぶつかん、こむんじゃないの?」
あまり興味がなく、行きたくなかったので、遠まわしに告げてみる。父は、そう言うな、とでも言いたげに僕の頭を撫で回した。
「式典は、博物館じゃなくて、敷地内にある公園でやるそうだから、館内はさほど混まないだろう」
父も、人文史系の博物館や、美術館の類は興味がなさそうなのに、国立博物館に行くことは決定済みのようだった。父らしくない。
それとも、観光地のものなら行きたいと思うのだろうか。観光に来たのだから、博物館ぐらい見てその地の文化を学ぶべきだ、と。
だとすれば、杓子定規な父らしいとも思う。柔和に見えて、父は頑固で融通が利かないところがあって、オーブに来て最初の三日間も、遺跡や自然公園を回るために連れ歩かされたのだ。無論、すばらしい文化財も、幼少にして蒙昧な僕には無用の長物であった。
そうして、もう三時間もすれば、今日が終わるという刻限。父は指でバッテンを作って、バーテンダーに「チェック」と告げた。
明日は、僕達父子が、オーブで過ごせる最後の一日だった。
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