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※アスカガ・オリキャラ視点・戦後IF
『サマータイム』
01.
それは、僕にとって初めての旅行だった。
僕の家は父子家庭で、僕の父は子育てと仕事に追われる毎日を送っていた。僕が小さくて、まだ目が離せない年齢だった頃、父はおよそ、自分のために時間を費やすということがなかった。彼の有給休暇は、幼い僕が熱を出したり、僕が通う学校で行事があったりする度に、細かく擦り減らされていた。
そんな父が、初めてヴァカンスのために休みを取ったのだ。
父が連れて行ってくれたのは、常夏の国オーブだった。
オーブと言えば、有名なリゾート地であると共に、世界で五本指に入るほどの先進国である。この先進国を支えているのは、世界トップレベルの宇宙産業と軍事技術だ。
オーブは、信じられないぐらい暑かった。暑いというより、息苦しかった。
この国を端的に表現するならば、『濃密』という言葉に集約されるだろう。肌に纏わりつくような空気、原色に近い草花、味の濃い食べ物、画数の多い文字で書かれた看板。その全てがダイレクトに、僕の小さな身体に響いた。
僕はとても興奮して、よく喋った。父はレンタカーを運転しながら、一方的に捲くし立てる僕の言葉に、静かに耳を傾けていた。
何もかもが印象深かったが、僕が特に好きになったのは、オーブの海と、四日目に訪れたモルゲンレーテ博物館だった。
モルゲンレーテは国営企業で、オーブの軍需産業と宇宙開発を支えている。つまり、オーブの屋台骨だ。
その博物館では、宇宙開発と現代兵器の変遷を中心に、展示が組まれていた。
中でも、モビルスーツは、僕の好奇心を大いに擽った。
「おっきかったね! モビルスーツのぶひん。あんなにおっきいなんてしらなかった」
オープンカーに乗っているせいで、風が声を浚ってしまう。風に負けないように、僕の声も大きくなった。父が同意を示すように、静かに頷く。
その時、キーンという、耳を劈くような音が聞こえてきた。
見れば、三機の戦闘機が編隊を組んで海の上を飛んでいく。飛行訓練場が近いのだろう。吐き出される白い蒸気が、青い空に三つの線を描いていった。
「わあ……!」
僕は身を乗り出して、戦闘機を目で追いかけた。
すると、運転席から機嫌の悪そうな声が聞こえてきた。
「アサヒ。危ないから、車から顔を出すのを止めなさい」
それは、この国に来てから、もう何度目になるか分からない小言だった。
生まれて初めてオープンカーに乗った僕が、興奮して腕や顔を出してはしゃぐ度に、父は危ないから止めろと嗜めた。
故郷のスカンジナビア王国では、このような屋根のない車は珍しい。空気が寒く凍てつく彼の国では、こんな気密性の悪すぎる車を所有することができないのだ。
「……はあい」
父を本気で怒らせると、普段静かな分とても怖いので、僕は大人しく従うことにした。
お行儀良くシートに座り、首が痛くなるまで一生懸命首を捻って見ていたが、戦闘機はやがて建物の影に隠れて見えなくなってしまった。
音ぐらいは聞こえるだろうかと耳を済ませてみたが、びゅうびゅうと車が風を切る音しかしなかった。
途端に詰まらなくなった。
風を切って走るオープンカーも、より興味のあるものを見た今では、僕の心を魅了することは出来ない。
もっと速く、もっと遠く。
あれは、僕の心を急きたてる。
「ねえ、おとうさん」
「ん?」
「さっきのって、ムラサメだよね?」
あの戦闘機は、先ほど博物館で見たムラサメの模型に、形がよく似ていた。ムラサメは、オーブが独自に開発した、戦闘機の機能をも兼ね合わせたモビルスーツだ。
「そうだ。軍で使われている、最新式のものだな」
「あれも、モルゲンレーテでつくられてるの?」
「イージス艦や空母は、外国から輸入しているが、モビルスーツは、部品の一つに至るまでオーブ製だ」
「ふうん……。スカンジナビアは、つくってないの?」
「作っていない……というより、作れないだろうな」
「どうして?」
「モビルスーツを作るには、たくさんお金が必要だ。条約で、スカンジナビアは、たくさんモビルスーツを持つことができないから、一から作るより、外国から買った方が、安く済むんだろう。
それに――」
父は、言いかけて、そこで言葉を紡ぐことを止めてしまった。
「それに?」
「……いや、そんなところかな」
「ふうん」
今でこそ、大量破壊兵器の代名詞となったモビルスーツだが、元はといえば、宇宙開発の研究途上で産み出されたものだ。それが、あの忌まわしい戦争から十数年の時を経て、また宇宙へ戻ろうとしている。
あれを追いかけていけば、もっと遠くへ行けるのだろうか?
空の彼方――僕の知らない世界まで。
ぼうっと空を見上げていると、吸い込まれそうだった。この国の空は、青過ぎる。
「どうした? 疲れたか? 寝ても良いんだぞ」
あれだけはしゃいでいた僕が、不意に静かになったのを不審に思ったのだろう。父が口の端を上げて、ニヤっと笑っている。
「つかれてなんかないもん! このあと、うみにいくってやくそくしたじゃん! やくそく、やぶっちゃだめだからね!」
「俺は約束を守るよ。お前が、守れないなら仕方がないが」
「いくの!」
ムキになる僕を、ニヤニヤと父が笑う。その失礼な笑みに、僕はますます腹を立てた。
車は、宿泊しているホテルの立体駐車場へと入って行った。
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