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■キーワード7 『光』・take2
(空白の二年間)
「痛いよな……お父さんに撃たれたんじゃな……」
――どうして、カガリには俺の気持ちが分かったのだろう。
気が付いたら、カガリを抱き寄せていた。
ハンガーからモビルスーツの機械油の臭いが漏れ漂う中、近寄った分だけ彼女の香りが鼻腔に広がる。カガリは香水の類を付けるようには見えなかったから、この花のような果実のような香りはシャンプーによるものだろう。同じ軍の支給品を使っているのに、俺とは違うオンナノコの香りがするのが不思議だった。
「ごめん。だから……、――――ごめん……」
純粋に差し出された優しさが嬉しくて、少しでも優しさを返したくて、でも気の利いたことが言えなくて――じたばたと暴れるカガリを逃げられないように、カガリの腰に、固定されていない右腕を回した。
俺よりも一回り小さな身体は、思っていたよりも華奢で、柔らかい。けれども、力強く脈打つ、体温の高い身体に、抱きしめているのは俺なのに、まるで彼女に抱しめられているようだった。
やがて、カガリが諦めたように大人しくなった。それを良いことに、触れ合ったところから広がる安堵をもっと感じたくて、俺はカガリの腰に回した腕に力を込めた。
もう少し、もう少しだけ、と……
痛いくらいの光が閉じた瞼を刺した。
光から逃れようと、顔を背けた。
ぼんやりとした視界を確かめるように、何度か瞬きをすると次第にクリアになって、自分が今どこで何をしていたかということがはっきりとしてきた。
どうやら、俺は、アスハ邸で書類整理の最中に、寝てしまっていたようだ。
懐かしい夢をみたと思った。
あれは、もう一年以上も前のことだったろうか。
俺にとって、カガリは初めて抱きしめた女の子だった。そして、今現在、唯一抱きしめた女の子でもある。
今思えば、あの頃には既に、俺はカガリに恋をしていたのだろう。
口下手だから、未だにその好意を直接的な言葉で伝えたことはないが、今オーブでカガリの補佐をしている理由の一つが、カガリへの恋情であることは否定できない。――もちろんそれだけではないし、それだけを理由にカガリの傍にいるには、俺には複雑な事情があり過ぎた。
歴代のアスハの当主たちが使用してきた執務室には、窓から気持ちの良い風が入ってきていて、レースのカーテンが翻っている。
「空調を使ってばかりだと身体が弱くなる」というのが、カガリの持論らしく、こんな過ごしやすい日は空調を切って、窓からの自然な風を楽しむのが常だった。
音湿度の管理された月やプラントで生まれ育った俺には、その日の天候に合わせて行動を起こすということが新鮮であった。宇宙で生活する者にとって、気候に人間が合わせるのではなく、気候を人間に合わせるのが常識だからだ。
しかし、いくら過ごしやすい温度であっても、赤道直下の陽光は鋭い。室内の明かりを落とすために、レースのカーテンが引かれている。起きている間は開いていたのだから、きっと、カガリが居眠りをしている俺のために閉めてくれたのだろう。
カガリはどこに行ったのだろうか。
先程から姿が見えない。辺りを窺うと、俺が座っているソファの死角で、風で落ちた書類を拾おうと屈んでいる姿が僅かに見えた。
今日は休日のため、カガリはいつもの首長服ではなく、ゆったりとした麻の焦げ茶のパンツに、襟ぐりが深く開いた白いブラウスを着ている。
二人ともオフだが、明日以降のカガリの仕事に合わせて、やらなければならない細々とした雑用を片付けている最中だったのだ。
カガリは目を開けている俺に気付き、微笑みながらソファの肘掛に腰掛けた。
「起きていたのか?」
「うん……寝てしまって済まない……」
「いや、疲れているんだろう。いつも悪いな……」
カガリの謝罪に、俺は首を振る。
――こんなことしかできなくてごめん。
むしろ謝りたいのは、俺の方なのだ。
地球に降下してから、カガリは痩せた。本人は、筋肉が落ちて脂肪になったからだと言うが、以前より肌が白くなったためか、柔らかみを増した華奢な身体は、俺にはどこか儚く見えた。
戦後、親連合派と噂されるウナト・エマ・セイランを中心に首長会は一新され、オーブの獅子ウズミ・ナラ・アスハの掲げた中立の理念は、ただのお題目と化した。
そんな中でカガリはいつも一人で戦っているのだが、純粋無垢で経験の少ない彼女は、老獪な奴らにやり込められているようだ。
閣議から帰ってくると、彼女はいつも暗く、疲れた顔をしている。まるで自分自身に言い聞かせるかのように「もっと頑張らないとな」と言うカガリに、初めのうちは、俺は気が利いたことも言えず、ただ「頑張れ」と返すことしかできなかった。
ある日、その大きな瞳が涙で揺らめいているのを見た時、思わず、「つらかったな。お疲れ様」と声を掛けた。すると堪えきれなくなったのだろうか。カガリが幼子のように泣き声を上げて、俺の胸に飛び込んできた。
わんわんとひとしきり泣くと、俺が参加することのできない閣議で何があったのか、ぽつり、ぽつりと話してくれた。
それ以来、味方の少ない彼女に同調し、宥め、愚痴を聞いてやることが増えた。
強がりな彼女が、俺だけを頼り、甘えてくれるという喜びと、嘆く彼女の力になってやれないというやりきれなさ。どんどん薄くなっていく彼女の背中をさすってやりながら、俺は「ごめん」と心の中で謝り続けることしかできないでいた。
和らいだ日差しが、絨毯に、テーブルに、ソファに、そして俺たちに精緻なレースの模様を付ける。
風が庭に植えられた南国の植物を揺らし、さわさわと音を立てている。
気持ちが良くて、またもやまどろみそうになってしまう。
俺の様子を察したのだろうか。
「もう少し、休んでていいんだぞ。今日は休みだしな」
そう言って、俺の右側の肘掛に腰をかけたカガリが、目に掛かった前髪を払いのけてくれた。
俺は「もう、起きる」と呟きながらも、このただただ優しい時間を甘受したいという気持ちを振り払えないでいた。
その時だった。
一際大きな風が吹いて、机の上の書類を全て吹き飛ばしてしまった。
「あ~あ! 全部飛んだ!」
慌てて床の上に散らばった書類を拾おうとしたカガリの手を引いて、俺たちはソファの上に倒れこんだ。
「何するんだよ!!」
いきなり抱き寄せられて、カガリが顔を真っ赤にしながら暴れる。
「……ごめん……」
だって、大風がレースのカーテンを翻したとき、カガリが……
「――――光に溶けるかと思ったんだ……」
強い光が、その金の髪や瞳、白い肌を透かして、カガリをどこかにやってしまうように見えたのだ。
腕に力を入れて抱しめると、カガリの身体はふにゃりと頼りなくて、折れそうなほど細い。
それでも、俺の上には、ちゃんと人間一人分の重みがある。
大丈夫。大丈夫だ。
情けない俺の声に、「悪い夢でもみたのか?」とカガリが訊いてくれる。
夢ならいい。夢なら良いのだ。
でも――、
俺が抱しめたいと思う女はカガリだけだけれど、カガリを抱しめる男は俺だけなのだろうか。
分かりきっている答えに、俺は心底泣きたくなった。
光の中を行く君と、影に徹するしかない俺。
今のままでは、カガリはあの紫の髪の男に、否、オーブというこの国に奪われてしまう。
――こんなに好きになってごめん……。
胸の中の気持ちをどう表現して良いか分からなくて、俺はただカガリの背を掻き抱いて、馬鹿みたいに「ごめん」と繰り返すだけだった。
『口説きバトン』目次
【あとがき】
あれ…?
く…ど、けて、ない……?
以前書いたものが、あんまりにも酷かったので、書き直してみたのですが……なんじゃこれ?(苦笑)
っていうか、やっと分かりましたわ。私の思うアスランは、カガリを口説けないんですよ。その理由は、状況であったり、立場であったり、彼の不器用な性格であったりするのですが、直接的な「好きだ」とか、「愛している」とかっていう口説き台詞は出てこない。
それに、基本的に、アスランは自己完結の人だから、与えるだけ与えて、見返りを要求しない(本当は、欲しいと思っていても溜め込んでしまう)イメージがどうしてもある。
(110506:四方山)