[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
※アスカガ人間×悪魔
『グレープフルーツ』
14.
いつの間にか、寝てしまっていたらしい。
カーテンの隙間から漏れる光が、顔を照らしたせいで、アスランは目を覚ました。
泣き過ぎたせいか、頭がガンガン痛み、キーンという耳鳴りがした。
ピンポーン!
チャイムが閑散とした部屋に響いた。
誰が尋ねてきたのか知らないが、誰にも会いたくなかった。
しかし、訪問者は二度、三度とチャイムを鳴らす。甲高いチャイムの音が、重い頭に酷く響いて、思わず顔を顰めた。乾いた涙が頬に張り付いており、顔を顰めると、ぱりぱりと音を立てそうだ。
いつまでも立ち去ってくれない訪問者に、のろのろとした動作で立ち上がり、玄関へと向かう。
きっと酷い顔をしているだろうが、どうでも良かった。むしろ、向こうも事情を察して、立ち去ってくれるのではないだろうか。
そうして、玄関の扉を開けたアスランは、かつての教訓を忘れていた自分の迂闊さを呪った。
――誰かが尋ねてきたら、直接応対する前に、まずインターフォンで確認しなければならない。
そう。こんな風に、危ない奴がやってくることもあるのだから。
「……何しに来た?」
殺気立ったアスランの声に、奴は怯えたように、びくりと肩を震わせた。
「ご、ごめんなさい……」
そんな殊勝な声を出したとしても、油断してはならない。奴は、アスランから容易く平穏を奪い去っていくのだから。
「許すわけがないだろう……」
「ご、ごめ……」
『カガリ』は泣きそうな声で言った。
混乱して立ち去ろうとするカガリを、羽交い絞めするようにして、きつく抱きしめた。
「……駄目だ。許さない。一生、離れないって約束しろ!」
「ど、どこにも行かない……」
「それから……、」
彼女の声に呼応するように、アスランの声も震えた。
「――それから、俺を幸せにしろ。不幸になんかしたら、許さないからな」
「うん。うん……」
アスランの背中にまわされた手が、ぎゅうっとしがみ付くようにして、アスランを抱きしめる。
アスランはこの腕を知っていた。そして、アスランの腕も知っていた。どうすれば、互いに心地よく抱き合えるのか、ちゃんと知っている腕だった。
一つ落ち着いて、互いの顔を見つめ合う。
「一体、どうして? 消えてしまったんだとばかり思ってた」
「実は……」と言って、カガリは言いよどんだ。
先を促すと、怒らないでくれよ、と彼女は前置きをした。
「アスランが最高に不幸になったから、消えずに済んだんだ」
「なっ!!」
アスランは絶句といった風に、文字通り、開いた口が塞がらなかった。
悪魔は、人間の陰の気を食べてエネルギーに変換している。つまり、悪魔の生命とは、陰の気そのものであると言える。
それでも、あのままだとかなり危なかったらしい。
僅かに残ったカガリの生命は、粒子の大きさにまで小さくなり、今にも消えそうだったのだが、キラの登場によってアスランの陰の気が一息に増幅し、なんとか消えずに済んだのだ。
(あいつ……)
キラに対して、殺意を覚えるほどの怒りが沸き立ったが、カガリが助かったのは、ある意味キラのおかげとも言えるので、もしかすると感謝しなければならないのかもしれない。絶対、礼など言いたくはないが。
それから、なんとか人型を保つまで、カガリはアスランの陰の気を食べていたという。
「お前、やっぱり帰って来るな!」
人の気持ちを何だと思っているのか。やっぱりこいつは悪魔なのだ。
「う~~! ごめん! ごめんってば、アスラン! でも、ずっと心配してたんだ! お前、ちゃんとご飯も食べないし、大学も行かないし、たくさん泣いてたし……。――早く、アスランのところへ戻って来たかった」
カガリは切なげに眉を寄せて、涙の跡が残る痩せこけた頬を撫でた。
相変わらず、衒いのない素直な言葉で、アスランを懐柔するのが上手い。こうなると、アスランには、もうお手上げである。
「もう、悪魔じゃないのか?」
「うん。さすがに、そこまでは回復しなかった。これからは、人間のカガリなんだ」
「……そうか」
悪魔とは、本来、神や仏の教えに背く者のことをいう。
安寧を与えてくれる神仏から大きく隔たった存在。それが悪魔だというのならば、カガリは人間になったとて、アスランの悪魔であるに違いない。
玄関から中を覗いたカガリは、部屋の惨状に目を丸くしている。廊下の先にあるリビングの扉を閉めずにいたので、リビングが丸見えになっていた。
「……ずいぶん散らかしたな」
「ああ」
カガリのおかげで、アスランだけでなく、部屋も滅茶苦茶だ。きちんと、責任は取ってもらわないといけない。
「一人で片付けると、日が暮れそうだから手伝ってくれないか?」
アスランがそう言うと、カガリはぱっと顔を輝かせて「まかせろ♪」と言った。
それから、アスランの家には、一人の悪魔が住み着くこととなったのだった。
モドル≪ 【目次】