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※アスカガ人間×悪魔パロ
『グレープフルーツ』
12.
「あつ……」
アスランは額に浮かんだ汗を拭いながら、思わず呟いた。
もう、十二月に入ったというのに、春のような日差しである。薄い秋物のジャケットだけでは心元ないので、寒さ凌ぎに巻物を合わせていたのだが、必要なかったようだ。首から巻物を外すと、澄んだ冷たい風が心地よく感じられた。
左手に下げた袋を見る。中には、カガリのために買ったグレープフルーツに、グラニュー糖。そして、カッティングの美しいガラス製のシュガーポットが入っている。
学業と趣味のためには金を費やすが、このような生活余剰品は買ったことがない。
だが、少しの贅沢は、生活に潤いを齎す。これは、カガリの受け売りだ。
アスランの足は自然と速まり、彼女の待つ家へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アスランはマンションに着くと、カードキーを取り出そうとジャケットを探った。
「あれ?」
右のポケットにないので、左のポケットを探る。
が、どうもポケットではなく、財布の中にきっちりしまい込んでしまったらしい。そして、その財布といえば、鞄の中だ。
財布をわざわざ取り出すのも癪に触るので、家にいるカガリに内から開けてもらおう。そう思ってチャイムを押しても、カガリは出てこない。
三回まで鳴らして、また寝ているのだろうと苦笑する。
観念してカードキーを取り出すことにした。暗証番号を入力し、カードキーをリーダーに通して、エントランスのロックを外す。
今度は、取り出しやすいように、ジャケットのポケットに入れた。
そうして、エレベーターに乗りながら、カガリになんて言ってシュガーポットを渡そうかと考える。クリスマスプレゼントにしては早すぎるし、かといって普段渡すプレゼントにしては値が張りすぎている。
あれこれ考えたが、特に理由も付けずに渡すことにした。きっと、カガリは、アスランのプレゼントなら何でも、最大の喜びを示してくれるはずだ。
幸福な想像を抱きながら、玄関のカードリーダーにキーを差し込む。
――この瞬間までが、アスランにとっての蜜月であった。
昨日も今日も問題がなければ、明日も問題がない。そう思って、無頓着に時を消費していると、未来は常に、闇に隠されていることを忘れてしまう。
しかし、用心を重ねたとて、アスランに一体何ができたというのであろうか。
玄関から細い廊下を通って、リビングの扉を開けた時、ソファの影から金色の髪が床に広がっているのが見えた。
「……カガリ?」
一瞬、また昼寝をしているのかと思ったが、カガリは、いつものソファでなく床に寝転がっている。馬鹿馬鹿しいことに、アスランは、寝相の悪いカガリが、ソファから転げ落ちたのだと思った。それほど、アスランの想像力は愚鈍であったということだろう。
しかし、カガリの土のような顔色を見た時、万が一と考えていた想像が的中したのである。
「カガリ!」
抱き起こすと、薄っすらとカガリが目を開ける。
「……あすらん?」
「ああ。大丈夫か、カガリ?」
カガリの目尻から、一滴の涙が零れ、アスランのジーンズに丸いしみを作った。
「いやだ。いやだ。消えたくないよ、アスラン……。もっと、ここにいたい。ここでアスランのそばにいたい。いやだよ。こわいよ、アスラン」
「……どうしたんだ? ずっと、ここにいればいいじゃないか」
「だめなんだ。もう、だめみたいだ……」
弱弱しく、されど逼迫した声音が、悲痛な叫びとなってアスランの鼓膜を揺さぶる。だが、カガリがその身とその精神を、何に抑圧されているのか、アスランには見当も付かない。
「具合が悪いんだな!? すぐ、病院連れて行ってやるから!」
「……ばか。悪魔を診てくれる病院なんかないよ……」
「でも!」
突然、光が爆ぜた。
光は、カガリの内側から発せられ、アスランの目を眩ませる。
「あすら……!」
「――っカガリ!!」
カガリの内から漏れ出るようにして閃いた光は、やがて恐怖に歪んだカガリの姿をも飲み込んでいく。
光はやがて収束し、後には何も残らなかった。
アスランは、何が起こったのか分からぬまま、呆然とカガリのぬくもりが残る手の平を見つめた。
目の前から人が消えるなんてありえない。しかし、カガリは悪魔である。何か、人間のアスランに分からない理が働き、カガリは消滅してしまったのかもしれない。
信じたくないという気持ちと、信じざるを得ないという現実の間で、アスランは混乱の極みにあった。
「ちっ! カガリの馬鹿! さっさと、アスランを不幸にさせてやれば良かったのに!」
突然、誰もいないはずの自分の背後から、若い男の声がしたので、アスランは驚いた。
「……誰だ?」
振り返ると、濃い栗色の髪をした少年がいた。そして、『少年』という己の認識が、すぐに誤りであることに気が付いた。カガリと暮らしていたアスランには、それが分かった。
「お前、悪魔か……? カガリによく似ているが、もしかして……」
少年は、アスランの問いには答えず、唇を噛み締めて俯いた。少年の紫の瞳から、堪えきれなくなった雫がぽたぽたと床に落ちていく。
「……どうして泣いてるんだ?」アスランは、不思議に思って訊ねた。
少年は、アスランの言葉が癇に障ったようで、きっ、ときつく睨みつけてきた。
「どうしてだって!? 僕はカガリの兄なんだ! キョウダイが消滅したら、悲しいに決まってる!」
「……消滅? ……あ……、ど、どうして……?」
少年の涙に不穏なものを感じつつも、アスランは無意識にそれを認めることを忌避していた。しかし、彼は、アスランが信じたくない事実を口にした。混乱したアスランは、憤りをぶつける様にして怒鳴った。
「――っなあ!! どうしてだよ! 言え! 何故カガリは消えた!!」
「――っ君のせいだ! 君がいたからカガリは……」
「俺のせい……?」
聞き捨てならない台詞だ。
カガリを誰よりも愛し、慈しんだアスランにとって、それは晴天の霹靂とも言うべき衝撃であった。
「君、一度死に掛けたでしょ? あの時、助かったのは、カガリが君に生命力を与えてくれたからなんだ」
少年が言うには、悪魔は、人間の不幸によってエネルギーを得ており、決められたターゲットを不幸にすることによって、プシュケ(階級)が上がる。エネルギーは、人間の食べ物でもある程度は補うことができるが、大きくエネルギーを失うと、それも追いつかなくなり、やがて衰弱し、消滅に至るのだという。
消滅を防ぐ方法はただ一つ――人を死ぬほどの絶望に追いやってやることだけ。
その話が本当だとすれば、アスランとの生活は、カガリを消耗させるだけだっただろう。
アスランは愕然とした。
そうしていつまでも虚脱し続けた。いつの間にか少年は消えたが、それに気が付くこともなかった。
不器用なアスランでも、カガリを喜ばせることは容易かった。
だから、カガリに関することならば、何でもできるような気がしていた。
――しかし、
アスランは、何かに怯えるカガリを、ただ抱きしめてやることしかできなかったのだ。
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