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※アスカガ・高校生パロ
『サンセットコーラル』の続編



  イヴニングブルー





 赤い熱の塊が、黒い影に吸い寄せられ、やがて姿を消した。
 辺りはまだ、熱の名残が残っていて、淡い緋色が空を染めている。
 そこへ、じわじわと青が侵食し、眼下に広がる景色が、深海のような暗い青に沈んだ。

 
 アスランは、日の入りによって移りゆく空の様子を、病室の窓から眺めていた。
 いつもならば、学校が終わって、家に帰り着いている頃合だろうか。この時間帯になると、暇を持て余している入院生活が、さらに長閑に感じられる。どれだけ寝ていても、誰にも咎められないのは魅力的だが、やはり、寝るぐらいしかやることがないのは、退屈だった。
 教室の喧騒が、やけに懐かしい。病院というのは、皆が心や身体に何らかの問題があって、その問題にずっと向き合うことを強いられる場所だ。必然的に、皆が感情を内へと篭らせる。良くも悪くも、他人への干渉を迫られる学校とは、正反対の施設だった。
 積極的に交友を深めていたわけではないが、周りに見知った顔がいないということが、どこかアスランを不安にさせる。しんみりと、深い青が胸を浸していった。
 アスランが、今考えているのは、一人のクラスメイトのことだった。名を、カガリ・ユラ・アスハと言う。
 先日、ひとり置き去りにされたかのようなこの病室に、彼女が訪ねて来たのだ。
 大して仲が良いわけでもないカガリが来たことを訝しみながらも、彼女の場合、そういうこともあるのかもしれないと思った。彼女は、クラスが同じ人間ならば、誰とでも親交を求める性質なのだ。
 そして何より、とにかく暇であった。
 アスランは、彼女に椅子を勧め、話をする姿勢を整えた。

 今から思えば恥かしいことだが、人恋しさも手伝って、余計なことまで饒舌に語ってしまったのだろう。
 彼女は、「痛そうだから」という理由で泣き出した。大粒の雫が、陽の明かりに透けて、白い頬を流れていく。正直、そんなことで泣かれてもと困惑したが、あまりに激しく泣くので、悪いことをしたと思った。
 残りもので申し訳ないとも思ったが、甘いものを与えてやると、少し笑顔を見せたのでほっとした。
 そして、陽も暮れ始めたので、帰るように促すと、名残惜しそうにしながら、彼女は病室を去って行った。
 ――アスハさんは、何をしに来たんだろう?
 見舞いに来たことは分かっている。健康な人間が、病院に来る理由は限られている。しかし、その割には、「お大事に」の一言も言わずに帰って行った。
 ――変な子……。
 同室の男にからかわれたこともあって、妙に気恥ずかしい。
 とにかく、一人の少女を、自分のせいで泣かせたことは、彼の心に深く刻まれることとなった。



******


 カガリが病室に来てから、二日が経った。
 今日も、大分、陽が西に傾いてきた。この日の夕暮れは、どのような色を見せるのだろうか。
 アスランは、日の入りをじっくりと見ていた五日程で、いつも同じに見えていた夕焼けが、実は日によって全く違うことに気が付き始めていた。 
 相変わらず暇である。
 暇だと、色々と余計なことを考えてしまう。不自由な脚のこと、遅れてしまった勉強のこと、――そして、泣かせてしまった少女のこと。
 アスランは、女の子を泣かせることが、これほど堪らない気分にさせるだなんて、知らなかった。今まで、そんな経験はなかったから。
 早く退院したい。
 だが、入院期間は、まだ折り返し地点にも辿り着いていない。いや、無事に退院したとしても、その後も暫くは、不自由な脚と付き合わなくてはならない。医師は、「まだ若いから、半分の一ヶ月で治そう」と言ったが、それはあくまで目標のことで、完治には二、三ヶ月かかるのが普通なのだそうだ。
 アスランは、こっそりと溜息を吐いた。

 と、そこで、ふと見慣れた制服が目の端に映った。見遣ると、カガリが、戸口に立っていた。
 軽く会釈を返すと、彼女は奮然としてアスランの傍まで歩み寄り、クリアファイルを突き出した。その様は、果たし状を突きつける武士のように勇ましかった。
「……俺に?」
 訊ねると、カガリが重々しく頷く。
「これ、渡しに来た……」
 中を見ると、ノートのコピーが入っていた。分量からすると、アスランが入院してから全ての教科のノートなのだろう。コピーするだけでも大変な枚数だ。少し右上がりになりすぎる癖があるが、字も綺麗で、見やすいノートだった。
「ありがとう! 助かるよ。アスハさん、ノート取るの上手いんだな。字も綺麗だし」
「そ、そうか?」
 アスランが礼を言うと、カガリは一瞬ぱっと顔を輝かせたが、これぐらい大したことはないと言わんばかりに、澄ませてみせた。病室に入って来た時の物々しさが消え、いつも教室で見せていた大らかさが戻ってきている。
 アスランは、以前と同じようにパイプ椅子を勧めた。
「これ、差し入れだ」
「ありがとう」
 コンビニのビニール袋を受け取ると、中には、コーヒーゼリーと牛乳プリン、ペットボトルの飲み物が二つと、雑誌が入っていた。
「――クロスワードパズル?」
 こんな雑誌があるのか、とパラパラとめくってみる。
「……だ、だって、何が好きか分かんなかったし、続き物だと、先が気になるだろ?」
「確かに……」
 売店を覗いても、読んだことのない週刊誌や月刊誌の類が多く、どれも買う気にはなれなかった。母に、何か暇つぶしになるような本や雑誌を買ってくるように頼んだのだが、忙しいからか、金を渡されただけだった。取敢えずその金で、推理小説の文庫本を二冊購入したが、どちらもすぐに読み終えてしまった。
「雑誌なら、『Number』とか普通に読むよ。スポーツ好きだし」
「……意外。その割には、部活とかやってないじゃないか」
「中学の頃は、バスケやってた」
「高校ではやらないのか? 運動神経良いのに、勿体ない」
「今から勉強しておかないと、行きたい大学に入れないから……」
 父も母も、その大学の卒業生であるから、自分も入らないことには、決まりが悪い。ガリ勉と馬鹿にされるかもしれないが、生憎、一つのことしか出来ない性質なのだ。
 だが、そんなアスランの余裕の無さを、カガリは、貶したりなどしなかった。
「……すごいな。もう、そんな将来のこと考えてるんだ。私、そんなこと何にも考えてない……」
「そんなことないよ。アスハさんも、頑張ってるだろ? そっちの方がすごいよ」
 高校に入ってすぐに、進路をどうするのか決めている人間の方が少ないだろう。
 先頃の球技大会では、カガリは率先して、クラスを盛り上げていた。そういうことが、息をするように自然に出来てしまう彼女の方が、羨ましい。アスランも、誰かと一緒にいて、楽しく思ってもらえるような人間だったのなら、今の時間を楽しむことを優先させていたかもしれない。しかし、残念ながら、自分はその性質ではなかった。
 胸に降りてきた感傷を振り払うように、備え付けの棚を探り、紙幣を一枚差し出す。
「これ。コピーの代金と、差し入れの分」
「いや、良いよ! それぐらい!」
「……いいから」
 無理矢理、その手に握らせる。
 カガリは納得しかねている様子だったが、しぶしぶ紙幣を財布にしまった。
「……じゃあ、残りの入院期間のコピー代と、今月の『Number』代ということで」
「律儀だな……」
「どっちが」
 ふ、と互いに笑い合う。
 不思議な気分だった。クラスメイトと、こんな砕けた会話をしているだなんて。それも、苦手だった女の子と。
「ところで、これ二つあるけど、一つはアスハさんの?」ビニール袋を持ち上げて訊く。
「あ、いや……。好みが分からなかったから、取敢えず買ってみた。前に、プリン貰ったから、似たようなものにしてみたんだけど……って、まあ……そりゃ、コンビニで買ったものより、貰ったものの方が、値段も高いし美味しいだろうけど……」
「食べていけば?」
「お前にあげたものだぞ」
「はい。どっちが良い?」
 にこにこと笑って、袋から出した中身をテーブルに乗せると、カガリは少し怒ったように顔を赤らめ、牛乳プリンと紅茶を選んだ。アスランは、残りのコーヒーゼリーと林檎ジュースを取る。
 二人で食べていると、白いシーツが橙色に染まった。
 ああ、もうそんな時間か、と窓を見遣る。今日の夕焼けは、昨日よりも赤が濃い。
「最近、天気が良いから、夕焼けが綺麗なんだ」
 そう言って、カガリの方を見ると、長い睫毛に縁取られた瞳が、水を張ったように潤んでいる。
 彼女の視線が、窓からアスランの移った。その淡い虹彩には、太陽の光が映りこみ、火が燃えているように見えた。
 じっと見つめられると、落ち着かない気分になったので、視線を外して、コーヒーゼリーを食べることに集中する。
「これ食べたら、帰った方が良い」
「……うん」
 つまらないことを言った自覚はあったが、それを相手につまらないと思われてしまうのが、一番寂しい。カガリの声が思いの他冷たかったので、自分は本当につまらない人間なのだな、と思った。

 アスランの提案通りに、カガリはプリンを食べ終わると、すぐに病室を後にした。「また来る」と、言って。
 ――アスハさんは、何をしに来るのだろう?
 また、その疑問が浮かぶ。いや、本当に知りたいことは、少し違う。
 ――アスハさんは、どうして見舞いに来るのだろう?
 しかし、考えても、彼女の理由は分からない。


 今日も空から、物悲しい深い青が降りてきた。自らの胸の内を、深く反芻してしまう時間。
 アスランは、彼女が再びこの病室を訪れることを、心のどこかで期待している。
 入院生活は暇で、人恋しいからそう思うのだろう。そう片付けてしまうには、心の中には、まだ自分すらも知らない場所があった。そこを探り当てるにも、色も形も知らないのだから、探しようもない。思考は堂々巡りを繰り返すばかりだ。
 だが、暇に飽かせて思索に耽らずとも、今のアスランには、暇を潰す道具がある。彼は、そう思いついて、雑誌やノートをテーブルに広げたが、すぐに片付ける破目になってしまった。
 結局、これらをくれた人を思い出し、集中することが難しかったからだ。















【あとがき】
大して仲良くない子が、病院まで見舞いに来て、しかもよく分からない理由で泣いて帰ったら、そりゃ吃驚して、「今夜は眠れませんな、アスラン君」と思って書いた話。(いや、普通に寝たと思うけど……)
ちなみに、実際のナンバーは、月刊誌ではなく隔週誌です。
あ、それから、カガリの字が右上がりだけど綺麗というのは、本編で出てきたカガリの手紙が、そんな感じの字だったので。あれ、進藤さんの字ですよね?




 

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いつかは、サイトになるはず……

だったけど、なりませんでした。
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