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※アスラン・戦後・バレンタイン

『山鳥の尾』




 アスランは宿舎に帰るなり、くたびれた身体をソファに沈めた。
 本日――二月十四日が、『血のバレンタイン』と呼ばれるようになってから、この日は喪に服す日である。
 とは言え、別段、何か特別なことをしていたわけではなかった。
 以前、護衛と秘書を兼任していた時は、直属の上司が気を使って休みをくれたものだが、今はアスランのプライベートにまで踏み込んでくるものはいない。
 今年の二月十四日は、自ら休みを申請しない限り、通常の職務をこなさなくてはならない日であり、人手の足りない職場を抜けることを嫌ったアスランは、スケジュール通りに働くことにしたのだった。

 ソファに座り込んだアスランの前には、一つの包みがある。本日付で届いたものだ。送り主は、マルキオ導師の伝道所にいるキラの母親からだった。
 包みに付けられていた手紙によると、伝道所の子供たちが、チョコレートを作りたいと言い出したらしい。キラの母親に教えられて作ったものを、アスランにも食べて欲しいと送られてきたのだ。
 そう言えば、このオーブでは、バレンタインデーは、愛する人にチョコレートを贈るイベントであった。
 道理で、職場の者たちも、そわそわと落ち着きが無かったはずだ。今日は、チョコレートを贈る側も、贈られる側も、胸を躍らせながら過ごしたに違いない。
 あの小さかった子供たちも、チョコレートを作って、バレンタイン気分を味わいたいと思うぐらいに成長したのだと思うと、少し可笑しかった。
 チョコレートの包みを開けようとしたところで、まだ封筒の中に紙が入っていることに気がついた。
 紙はレターシートにしては分厚い。手触りからすると、どうやら写真のようだった。
 折り曲げないように注意しながら引っ張り出す。
 それを見た瞬間、息が詰まるような心地がした。
 アスランは、これと同じものを、父の執務室で見た。写真には、母と今より少し幼い自分が写っていた。
 父が、その死に際まで手放さなかったもの。
 どうしてこれが同封されているのか、もう一度手紙を読み直したが、写真については何も触れられていなかった。
 アスランが知る限り、プリントアウトされたものは、戦争の混乱の最中、全て失ってしまった。
 ヤマト家の者たちとの付き合いは長い。だから、彼らがこれを持っていてもおかしくはないのだが――


 僅かな引っかかりを覚えて写真を眺めていたアスランだったが、彼の思考は次第に、写真そのものから、その被写体――今日が命日の母へ、そして、その一年後に死んだ父のことへと移っていった。



 二人は、あまり共に過ごすことのない夫婦だった。
 政治家である父は、情勢の悪化と共に、母とアスランを月の中立都市に移住させ、自分は首都アプリリウスとディセンベルを往復する毎日を送っていた。
 母もまた、多忙であった。彼女は、宇宙農学の第一人者であり、月にある民間の研究所へと出向していた。
 忙しい両親に代わって、アスランの面倒を見てくれたのは、近所に住むヤマト一家だった。アスランは、子供時代のほとんどを、実の両親とより、ヤマト家の人々と過ごした。
 いつだったか、まだ幼なかったアスランは、両親と過ごせない寂しさから、母に尋ねてみたことがある。

 ――母上は、父上と一緒に過ごせなくて寂しくはないのですか、と。

 本当は、自分が両親と過ごせなくて寂しくて、でも、その気持ちを上手く言葉に出来ずに発した言葉だった。
 自分が父に会えなくて寂しいから、母にもそう思って欲しい。そして、自分が母といられなくて寂しいように、母にも寂しい思いをしていて欲しいと願っていた。
 だが、アスランの願いに反して、母は微笑みながら言った。

 ――お父様は、プラントに住む人たちに、希望を与えるお仕事をなさっているのよ。
   寂しくなんかないわ。それに、私も、そのお手伝いができてうれしいの。

 誇らしげに話す母に、アスランは、そうですか、と返すことしかできなかった。
 両親の人生は、プラント、延いてはプラントに住むコーディネーターのためにあった。
 父はコーディネーターの自主と自立を訴え、母はそれを後押しするように、プラントの食料自給の問題に取り組んでいる。
 ならば、自分は、立派な両親のために、彼らの手を煩わせてはいけないのだ。それが、二人の間に産まれた子の務めであった。
 自分の母親は、キラの母親のように、夫や子供の傍にいることを選ばない。
 アスランは、諦めながらも、それが母なのだと受け入れていた。

 しかし、今なら分かるのだ。
 自分の夢と、愛する人の夢が重なる幸福。そして、自分の能力が、その夢を手助けできるという充実。
 自らの意思で、オーブの国防に携わってる今なら、母の気持ちがよく分かった。
 母は、長い長い一人寝の夜を越えて、自分にできる方法で父を愛していたのだ。
 そして、父もまた、母を喪い狂うほどに彼女を愛していた。
 例え一緒にいられなくても、互いに愛し合っていた二人は、幸せな夫婦であったに違いない。アスランは、その幸せな夫婦から産まれてきたのだ。



 アスランは、そこで思考を止めた。
 今までにも、ことあるごとに両親のことを考えてきた。
 不思議なことに、月日と共に、二人は姿を変えていく。もはや、彼らは存在しないのにである。
 月日が経てば経つほど、彼らとの思い出は和らぎ、アスランに都合が良くなっていく。
 二人が本当は何を思っていたのか。彼らに直接問い質すことができない以上、考えることはできても、知ることはできない。
 死者の記憶を、自分の好きな色に塗り替えることは、生き残った者の傲慢のように思われて、今日はもうこれ以上、二人に思いを馳せることができなかった。

 今日も、あと数時間で終わる。
 過去を振り返ることを止めて、明日のために、夕食を摂り、風呂に入って寝ようと思った。
 けれども、今日は本当に疲れていて、腹が減ってはいるものの、食事を作ることはおろか、買いに行く気にすらなれない。
 冷蔵庫から水を取り出して、一口飲むと、送られてきたチョコレート菓子に手を付けることにした。
 中身は、チョコレートケーキだった。
 見た目は、なかなか上手く出来ている。アスランは、食事の手伝いすらままならなかった、あの子供たちの成長に感心した。
 一口齧ると、チョコレートの苦味の混じった甘さと、リキュールの香りが口いっぱいに広がった。
 そうして、ゆっくり咀嚼すると、中に甘酸っぱい果肉が入っていた。何の果肉だろうかと、注意深く味わっていると、以前このケーキを別の場所で食べたことに思い至る。

 慌てて、手紙や包みを見直した。
 筆跡は、間違いなくキラの母親のものだった。
 だが、このケーキは、かつての上司が作ってくれたものだ。アスランにはそれが分かった。
 このケーキは彼女の父親好みのもので、バレンタインには、必ずこれを焼いていたという。彼女の父親が亡くなってからは、アスランが毎年これを食べることになったのだ。
 離れてしまえば、果たされないと思っていた約束を、彼女はこんな方法を取って果たしにきた。

 では、この写真は――?
 写真を見た時の僅かな違和感が、形になって浮かび上がってくる。
 この写真が撮られたのは、五年以上前だ。五年前にプリントアウトされたものにしては、紙が劣化していない。
 つまり、これは最近プリントアウトされたものだ。
 この写真のデータが残っているとすれば、それはディセンベルにあるアスランの実家しかありえない。
 一番高い可能性としては、プラントにいるラクスとキラが、『彼女』を経由してアスランの手に渡るように手を回してくれたのではないだろうか。

 『彼女』――カガリは、どうしてこんな回りくどい方法で、このケーキと写真を送ってきたのだろう。
 アスランは、あの戦争が終わった後、脇目もふらず前だけを見ている華奢な背中を思い浮かべた。
 職務上、何度も顔を合わせてはいるが、彼女は潔癖なまでに、アスランの方を見てくれなくなった。研ぎ澄ませた目と耳でその動きを追いながら、焦る自分を宥め、いつか彼女が視線をくれるのを待ち続けている。
 以前、アスランに、毎年このケーキを作ると約束したからか。
 仲間に対する、ただの親切か。
 こんな方法を取ったのは、アスランをまだ意識してくれているのからなのか。
 否。まだ、カガリが送ってきたとは断定できない。子供たちが、カガリからレシピを聞いて作ったのかもしれないではないか。
 では、何故、写真について何も説明されていない。
 思考は、浮かんでは消え、消えてはまた浮かぶ。



 そこで、アスランは考えるのを止めた。
 また、自分の中で答えを見つけ出そうとしている。あまりの進歩のなさに、アスランは嗤った。
 彼女の声が聞こえるような気がする。

 ――頭、ハツカネズミになってないか?

 ――コーディネーターでも、馬鹿は馬鹿だ。

 思いもかけない言葉で、アスランを何度も救ってくれた。彼女はまだ変わっていないのだろうか。
 知りたいと思う。
 アスランもカガリも、まだ生きているのだ。彼女の真実を知りたければ、彼女に直接訊けば良い。
 彼女の私室に回されたホットラインのナンバーは、指がまだ覚えている。緊張で指が少し震えたが、今の自分は、こんな口実でもなければ、話しかけることさえできない。
 通信音が、やけにゆっくりに聞こえる。
 ああ、やっぱりこんなことで電話するのは止めておけば良かった。と、後悔し始めた時、無機質な通信音が途切れて、機械越しでもよく通るアルトの声が応えた。

「アスハだい……あ、いや、カガリ? アスランだけど……」



 孤独を抱えて眠る長い夜が、明けようとしていた。
 



















【あとがき】
ちょっと補足すると、戦後、アスランはオーブにはいるものの、カガリとはプライベートで会っていない感じです。想い合ってはいるけど、戦後の混乱期で余裕なくて、疎遠になっている二人を、妄想で補っていただけると有難いです。

タイトルは、百人一首にも選ばれている和歌から。
本当は、秋の歌ですが、雌雄が峰を隔てて寝るという山鳥の逸話を、バレンタインに使わせてもらいました。 
大分削ったので、もしかしたら、アスランが両親に思いを馳せる話として、シリーズ化するかもしれません。
バレンタインは、うちのサイトの開設日でもあるので、できるだけ更新するようにしたいものです。

 

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今更ながら、種ガンで二次創作。
いつかは、サイトになるはず……

だったけど、なりませんでした。
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