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※アスカガ・パロディ(高校生)
『春を告げる花』
アスランの住む地域では、三月になると雪が降ることがある。太平洋沿岸に低気圧が通過し、氷点下まで冷え込むと、雪を降らせるのだ。
三月に降る雪は、未だ遠き春への憧憬を募らせる。
今朝は、日本列島を広く覆う寒気の影響で、全国的に雪が降っていた。
滅多に雪の積もらない場所で、雪が降ると、みな大騒ぎになる。
交通機関は運行を見合わせ、自家用車で通勤する者は、除雪の間に合わぬ道をのろのろと進んでいく。幻想的な景色を他所に、人々は苛付きながら、朝の活動を始めていた。
アスランは、雪が薄っすらと積もったアスファルトを、転ばないように雪を踏みしめて歩き、学校へと向かった。
慎重な性格の彼は、いつもより三十分も早く家を出たおかげで、遅れることもなく学校に着くことができた。むしろ、常より早いぐらいであった。
コートを脱ぎ、机の中に教科書を仕舞う。人心地がつくと、隣の席を見遣った。山の手に住んでいる彼女は、やはりまだ来ていない。
なんとなく、制服のポケットから携帯電話を取り出したが、彼女の連絡先など知らない。手の平で持て余した携帯電話で、青空文庫を検索し、今、現国の時間に取り扱っている小説の続きを読み出した。教科書に掲載されているのは、ほんの序章の部分で、教師は受験にも出やすいこの続きも、各自読むように勧めていたのだ。
まだ十六を過ぎたばかりの彼には、電子書籍で文語調の文章を読むことは、いつもの読書より気力が必要だった。教室に人が増え、集中するのが難しくなると、次第に目が滑るようになり、もう読む気すら起こらなくなった。
これは図書館か、あるいは父の蔵書から探して読むことにして、教室に入ってくるクラスメートをぼんやりと見ていた。目は自然と、彼女の姿を探している。
大体の生徒が揃った時、前方の引き戸が、がらがらと音を立てて開いた。
「おはよー……。あー、遅刻するかと思った……」
白い毛糸のマフラーに、赤くなった鼻を埋めながら、彼女が入って来た。
「おはよー! カガリ! 良かった、学校来れたんだねえ!」
「なんだよ、カガリ。今日は来ないかと思った」
「アスハの住んでいる所って、一メートルぐらい雪が積もるんだろ?」
彼女は、クラスメートたちのからかいに、剥れて異論を示した。
「アホ! そんなに積もったら、今頃ガッコ来れてないっつーの! 電車は通常通りに動いてたけど、駅からバスが出てなくて、それで歩いて来たんだ!」
山の手は、海の手の平野と違って、山から雪下ろしの風が吹くため、雪が降りやすい。
一方で、同じ県内でも、雪が珍しい海の手に住んでいる者にとって、山の手はとんでもない豪雪地帯だと思い込んでいる者が多い。とは言っても、二・三センチ積もっただけで大騒ぎするのだから、その十倍は積もる山の手は、豪雪地帯に違いない。
山の手に住んでいる者にとっての懸念は、その豪雪地帯の積雪量ではなく、むしろ海の手の交通機関であった。スタッドレスタイヤなど用意していないのだから、バスは運行できなくなる。彼女も、その不運に見舞われ、朝から長い距離を歩いて来たのだ。
彼女は、自分の席に着くと、手早く授業の用意を行った。マフラーを外したばかりの金髪は、見事に静電気で逆立っている。耳や鼻の先は、まだ赤いままだ。
「おはよう。災難だったな」
アスランは、彼女に労いの言葉を掛けた。
「うん。バスだと証明書が出ないだろ。遅刻しないように家を出たのに、遅刻扱いされるのは腹が立つから、走ってきた」
「走って!? 危なくないのか?」
「お前らと違って、雪には慣れてるから平気だ」
つんと言い放つ彼女に呆気にとられながらも、その逞しさに感心してしまう。
「あ、そうだ。良いもの見せてやるよ」
そう言って彼女が取り出したのは、白い二つ折りの携帯電話だった。
ボタンを弄って呼び出された画面を見ると、黄色い花が写っていた。
「福寿草って言って、縁起の良い花なんだぞ。昨日、うちの庭で咲き始めたから、写真に撮っておいたんだ」
「へー……。可愛い花だな」
「気に入ったか? お前の携帯にも送ってやるよ」
どきり、と心臓が跳ねた。他のクラスメート達とは気軽にアドレスを交換しているが、彼女とはまだ出来ていない。あと少しでクラスも変わってしまうから、もう聞く機会はないだろうと諦めていたのだ。
「あ。お前のスマートフォンなんだ。いいなー。カッコいい」
「ああ……まあ。――あ、でも、赤外線できないんだけど……」
アスランは、余計なことを言ったと思った。これではまるで、送って欲しくないように聞こえるではないか。
しかし、彼女はそうは受け取らなかったらしい。
「なんだ。スマートフォンって、便利なのか不便なのか分からないな。ほら、この紙にアドレス書いて」
「……うん」
アドレスと共に、電話番号も付記して、彼女に紙を返す。
彼女は、手がかじかんでいるらしく、ボタンを押すのに手間取っていたが、少し待つとアスランの携帯電話にメールが届いた。本文には簡潔に、彼女の電話番号だけが記されている。
アスランは、ひどく舞い上がりそうな気持ちを抑えながら、添付された写真を眺めながら訊ねた。
「この花はカガリが世話をしているのか?」
「ううん、父親が趣味でやってる。私も時々手伝うけど」
「そうか……。でも、せっかく咲いたのに、雪が降ったら枯れてしまうんじゃないのか?」
彼女ががっかりするのではないかと思うと、アスランまで暗澹とした気持ちになってしまった。
「大丈夫だよ。この花は雪の中でも咲くんだ。天気予報では、雪が降るのは今日だけだって話だし、あと二・三日したら、また雪の中から顔を出してくれるんじゃないか」
「そうか……。良かった」
アスランは、彼女のために安堵した。
「お前、よっぽど福寿草が気に入ったんだな。また写真送ってやるよ。雪の中で咲く福寿草って、けっこうレアなんだ」
どうやら彼女は、勘違いをしているらしかった。
しかし、また彼女がメールを送ってくれるというのだから、アスランにとっては幸福な勘違いである。
「楽しみにしているよ」
アスランは、心からそう言った。
その二日後、彼女からメールが届いた。約束どおり、雪の中に咲く福寿草の写真が添付されていた。
それは、毎朝、白いマフラーに鼻先を埋めて登校してくる彼女のように、健気で可愛らしかった。花弁の黄色に、雪の白がよく似合う。花が柔らかな白い衣に包まれているようにも見えたし、暖かい黄色が雪を溶かしているようにも見えた。
アスランは温かな気持ちに満たされながら、その写真を大切に保存し、やがて来る春に思いを馳せるのだった。
【あとがき】
福寿草は雪の中でも咲くんだと思っていたのですが、どうやら雪が降っている最中(つまり太陽が出ていない間)は花が開かないんだそうです。
よくある雪の中で咲いている写真は、雪が積もった後、晴れている状態で撮影されたものなのだとか。
写真は、京都嵐山にある天龍寺に咲いていた福寿草です。(クリックで拡大します。)