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※アスカガ・高校生パロ
――この感情には、まだ色も名前も付いていない。
サンセットコーラル
――この感情には、まだ色も名前も付いていない。
サンセットコーラル
「え~……アスラン・ザラが脚の骨を折って入院した。今日手術して、明日から、市民病院の六〇八号室に、二週間ほど入院するとのことだ。仲が良い奴は、見舞いに行ってやれ」
カガリは担任の話に驚き、顔を跳ね上げた。
いつもは時間に几帳面なクラスメイトが、今朝はショート・ホームルームが始まっても、一向に姿を現さない。そのことが、カガリの心を穏やかならぬものにしていただけに、衝撃は大きかった。
だが、すぐに平静を装って、数学Ⅰの教科書を机に並べ、一時間目の授業の用意をしている振りをする。ざわめいている心を、誰にも気取られたくはなかった。
何故そう思っているのかは、カガリにもよく分からない。分からないが、この気持ちを、誰かと分かち合いたいとは思わなかった。
アスラン・ザラは、クラスの中で一人、浮いている存在だった。
浮いていると言っても、悪い意味ではない。このクラスは全員の仲が良いので、彼も誰かと話すことぐらいはある。
だが、何事にも秀で、自分達とはどこか違うと思わせる雰囲気を纏った彼に、クラスメイト達は気後れして、積極的に話しかけようとはしなかった。つまり、特別視されていると言うのが正しいだろう。
彼らは、彼自身も、他人と交わらず、一人でいることを好んでいるのだと思い込んでいた。
結果として、アスランは、学校でのほとんどの時間を一人で過ごしていた。
しかし、実は彼の方こそが、みんなの輪に入ることを気後れしていることを、カガリだけは知っている。
きっかけは、カガリがアスランの斜め前の席になった時のことだった。
休み時間になると、友人達が、カガリの席の周りに集まってくる。そのうちの一人が、とても面白いことを言って、皆が笑った。
カガリも腹を抱えて笑っていたが、左後ろの方から、微かに空気をくすぐるような音が聞こえてきた。
何の気無しに振り返ると、アスランが思わず笑ってしまったという風に、口に拳を押し当てていた。彼の意外な姿に、カガリは瞳を瞬かせた。
だが、アスランは、こちらを見ているカガリに気がつくと、気まずそうに下を向いたのだった。その仕草に、カガリも悪いことをしたような気持ちになって、それからは、彼の方を極力見ないようにすることにした。
一度、彼が密かにクラスメイトの会話に耳を傾けている姿を知ってからというもの、カガリは気配だけで彼のことを探るようになった。そうして、微かに空気をくすぐるような、控えめな笑い声を感じた時は、カガリもこっそり喜ぶようになった。時には、彼に聞こえるよう、わざと大きな声で、面白いと感じたことを言ったりもした。
いつしか、そうすることが、カガリの密かな楽しみになっていた。
――そっか、今日はいないんだ……。
いつもは楽しい学校生活も、今日は、なんだか味気ないもののように感じられる。
席替えをして、以前よりも自然に視界に入るようになったアスランの席を見遣る。整然と並んだ机の中で、一人の人間がいないと、そこだけぽっかりと穴が空いたようだった。
――骨折って、どれぐらい痛いのかな……?
どのぐらいで完治するのか、病室で退屈していないだろうか、退院したらすぐに学校に通えるのか。想いを巡らすと、いてもたってもいられなくて、何か自分ができることはないかと考える。
見舞いに行きたいとも思ったが、大して仲が良くなかった自分が見舞いに行っても、ただ迷惑なだけだろう。
――何か、きちんとした理由を思い付かないと……。
もう一度、空っぽの席を視界に入れて、カガリは、いつも真摯に教師の授業に聞き入る少年の後姿を思い出していた。
*******
三日後、カガリは学校の帰りに市民病院を訪れた。
見舞いの口実を入れた鞄の取っ手をぎゅっと握りしめる。
――これを渡して、お大事にと言ったら、すぐに帰ろう。
そう心に決めて、エレベーターを降り、標識に従って六〇八号室の前まで進む。該当する病室は四人部屋で、窓際の二つのベッドだけが使用されていた。
その片方に、アスラン・ザラは横たわっていた。左の脹脛に、白いものが巻きついていたから、そこが骨折した箇所だと分かる。
彼は、手持ち無沙汰に、南に面した病室の窓から、西に傾いた太陽を見ていた。
ベッドに近付くと、気配を察して、アスランが振り向いた。
「……アスハさん。どうしてここに?」
理由を問われて、カガリはたじろいだ。大して仲が良くなかった人間が見舞いにくれば、こういった反応になるのだろう。
――やっぱり来なきゃ良かった……。
決心が萎えそうになったが、アスランが畳んで壁に立て掛けてあるパイプ椅子を勧めてくれたので、気後れしながらも腰を掛ける。アスランも、半身を起こして、カガリと向き合った。
すぐ帰ろうと思っていたのだが、談話をする態勢を整えられてしまった。
カガリは、とりあえず、当たり障りのない世間話から始めることにした。
「脚、具合どうなんだ?」
「二週間ぐらいで退院できるって。完治は二・三ヶ月掛かるって聞いたけど、若いからもっと早くに治るかもしれないそうだ」
「そ、そんなに掛かるのか?」
「うん。手術で入れたインプラントも外さなきゃいけないらしいし……先は長いよ」
「インプラントって?」
「ずれた骨を固定するために、金具を入れたんだ」
「え!? そんなの身体に入れて大丈夫なのか?」
「……多分」
まさか、そんな大掛かりな手術だとは思わなくて、カガリの顔が青ざめる。
そんな彼女の様子には気がつかず、アスランは、骨を折った経緯について話し出した。病院では人恋しかったのか、いつもは寡黙な少年が、随分と饒舌であった。
「本を整理していて、ダンボールに入れた本を、二階から一階に運んでいたんだ。重たかったし、ダンボールも大きくて……階段から落ちそうになったのを、バランスをとって凌ごうとしたら、変な体重の掛け方になったみたいで、ボキっと……。最初は、捻挫か、筋を違えたんだと思ってたんだけど、痛み方が尋常じゃなくて」
「うん……」
やはり、ものすごく痛いのだ。
カガリの脳裏に、散らばった本の中、脚を押さえて倒れている少年の姿が思い浮かんだ。その顔は激しい痛みに歪んでいる。
想像するだけで、呼吸が苦しくなり、視界が滲んでいく。
「母親に病院へ連れて行ってもらったら、骨折してるって言われた。俺、骨折の治療は、ギブスを嵌めて終わりだと思っていたんだけど、手術することもあるんだな。初めて知った――って、ええ!? なんで泣いてるんだ!?」
「……ご、ごめっ……うう……」
ますます涙が止まらなくなって、布団に顔を伏せて、わんわん泣いてしまった。
すると、向いのベッドから、大人の男性の声が聞こえてきた。
「どうした少年。女の子は泣かせちゃいかんぞ」
「あ、いや……」
「ワタシたちは、席を外しているワ。二人でゆっくり話し合っテ」
言葉に訛りのある女性に連れられて、同室の男性が車椅子に乗って、病室を出て行く。
アスランに迷惑を掛けていると思うと、さらに涙が出てきた。
しゃくりあげて泣いていると、頭を優しく撫でる手を感じた。カガリは、その手の動きに合わせて、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。
だんだん落ち着いてきたので、頭を上げると、夕焼け色に染まった顔が、心配そうに覗き込んでいた。いつのまにか、陽が沈みかけているようで、白いシーツも、アスランの白い頬も、太陽と同じ橙色に染まっている。
「大丈夫?」
頷くと、アスランは、備え付けの棚に置かれていたティッシュを差し出してくれた。
アスランの目の前で鼻をかむわけにもいかないので、ぐずぐずと鼻を啜りながら、二枚ほど取って、ぐちゃぐちゃになった顔を拭く。
「あの……なんで泣いたの?」
「……いっ……ひっく……いっいたそうだから……っく」
「……ああ、そうか。怖がらせてしまったのかな……? ごめん」
謝罪の言葉に、音が出そうなほど強く、首を横に振った。
言葉でも否定したかったが、しゃっくりが止まらなくなっていて、まともに喋ることができない。アスランが心配そうに見つめてくるので、泣き腫らした顔を上げることもできず、彼の頬と同じ色に染まっているシーツを眺めていた。
そうして、カガリのしゃっくりの間隔が長くなった頃、アスランが口を開いた。
「……あの、見舞いにもらったプリンがあるんだ。食べる?」
無言で首を横に振る。
だが、一人で食べきれないからと、押し切られてしまった。
プリンは、有名な洋菓子店のもので、口に入れるととろりと柔らかく溶けて、舌に控えめな甘さを残した。
「おいしい?」
「……うん」
カガリが頷くと、彼は控えめに微笑んだ。
いつもは、見ることができないが、彼は、こっそりと教室で笑っている時、こんな顔をしているのだろうか。
何故だか、胸がいっぱいになってしまって、なめらかなプリンが喉につかえるような心地がした。
底のカラメルまで食べ終わると、アスランが言った。
「……アスハさん。もう、そろそろ帰った方が良いよ」
「えっ……」
「もう大分暗くなってきたし、アスハさん家は遠いんじゃないか?」
確かに、空にはまだ太陽の残滓があるが、陽は沈んでしまっている。市民病院は、登下校に使う路線とは、反対方向にあるため、帰宅には、いつもの倍以上の時間を要するだろう。
「送ってあげられないけど、気をつけて」
もう少しここにいたいとも思ったが、アスランの迷惑を考えて、病院を後にすることにした。
そうして、病院を出て、電車に乗ったカガリだったが、見舞いの口実を渡すことを忘れていたことに気がついた。
アスランより後ろの席になって分かったことだが、彼はどの授業でも真面目に教師の話に聞き入り、きちんとノートを取っている。塾に行っているようでもなかったから、授業できちんと覚え、家で復習を繰り返して、成績を維持しているのだろう。
そこで、カガリは、アスランが受けられなかった授業のノートを渡しに来るという口実で、見舞いに行くことにしたのだった。
加えて、これは見舞い品の代わりにもなる。入院中は退屈しているだろうから、書籍や食べ物の類も持っていこうと思ったのだが、好みが分からず、何も買うことができなかったのだ。親切のつもりで持って行ったものが、迷惑になったのでは、本末転倒である。
しかし、そこまで考慮しても、渡さなければ意味がないことだ。
――一体、私は病院まで、何をしに行ったんだろう……?
泣いてアスランを困らせて、プリンまでご馳走になって帰ってきてしまった。それを考えると、とっぷりと落ち込んでしまう。
――もう一回行かなきゃな……。いや、そうじゃなくて……
本当は「もう一回、行きたい」のだ。義務ではなく願望。ノートを渡すことが目的なのではなくて、見舞いに行くことが、目的なのだから。
まだ、入院期間は二週間近くもあるから、その分のノートもコピーしておこう。
その時にまた、アスランの笑顔が見られるだろうか。あの、見ているこちらまで、夕焼け色に染めてしまう彼の笑顔を。
無色だった感情に、色が付いた。
だが、徐々に色付いていくその感情に、カガリは、まだはっきりと名前を付けることが出来ずにいた。
【あとがき】
(110607:四方山)
昨日完成させるはずだったんですが……。うまくいかないもんですね。
うちは、アス→カガの話ばかりなので、カガ→アスの話が書きたくなったんです。
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