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※アスカガ人間×悪魔パロ
『グレープフルーツ』
06.
街は、赤と緑に模様替えを始め、一ヶ月後に迫ったクリスマスに向けて浮き足立っている。
駅前の商店街を通りかかった時だった。ふと、目にしたものが気になって、アスランは足を止めた。
その店は、女性向けの石鹸や化粧品を取り扱っている店で、その前を通ると、アスランの鼻には嗅ぎ分けられないニオイがする。元は良い香りなのだろうが、混ざってしまうと、花のようなニオイのする生物兵器なのではないか、と疑ってしまうほどに強烈だ。
当然、休日ともなれば、その店は若い女性で賑わっている。その女性だらけの空間に、この日、アスランは初めて足を踏み入れた。
通りがけに、グレープフルーツの写真がプリントされた商品が目に入ったからである。丸い容器の底には、ボディバターと書いてあった。
ボディバターが何なのか分からず、商品をためつすがめつ見ていた若い男が、著しくこの店の中で浮いていたのだろう。にこやかな笑みを貼り付けた女性店員が、「プレゼントですか?」と近付いてきた。
否定も肯定もせず、曖昧な笑みを向けると、彼女は頼んでもいないのに、商品説明を始めた。
「こちらの商品は、今の時期、大変人気のある商品なんですよ。百パーセント植物成分でできておりますので、お肌の弱い方にも安心して、お使いいただけます。それに保湿力も高くて、少量で良く伸びるので、体中どこにでも使用できますし、コスパも高いとお客様に大変ご好評をいただいております。テクスチャーは、意外とさらっとしているので、べたつきが苦手な方にもおススメです。……うんたーら、かんたーら……」
立て板に水とばかりに、まくしたてられる説明の半分ばかりは、右の耳から左の耳へと流れていってしまったが、要するに、ボディバターとは、体中どこにでも使えるハンドクリームみたいなものかと納得した。
彼女は、説明を終えると、相変わらずの作り笑いを貼り付け、期待を込めた眼差しでアスランを見つめた。
彼が、グレープフルーツの香りと底に書いてあるそれを差し出すと、彼女は頬の筋肉をさらに持ち上げて、何も言わずともラッピングをしてくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ただいまー」
「…………ん……おかえりー」
帰宅したアスランが、部屋の電気をつけると、カガリは、眩しそうに目元をこすりながら、ソファから起き上がった。
「最近、寝すぎじゃないか?」
「冬眠の時期が近付いているんだ」
「はいはい。悪魔には、冬眠なんてものがあるんだな」
実際は、寒くて何もしてしたくないから、毛布にくるまってソファで寝転んでいるうちに、うっかり寝こけてしまったというのが妥当なところだろう。
「洗い物しておいてくれた?」
「うん」
唯一、カガリが問題なくできた家事は、皿洗いだけだった。
掃除は、集中力散漫で余計に散らかるし、料理は、味見専門だし、洗濯は、アスランの下着もあるからカガリのものだけをやらせている。
「アスラン。今日のご飯、何?」
「今日はシチュー」
いつものように、アスランが作ったものをカガリが食べる。最近は、あまり食も進まないようだ。以前ならおかわりするところを、一人前しか食べない。きっと、寝てばかりで動かないから、お腹が減らないのだろう。
それでも、必ずグレープフルーツは食べる。
「舌が痛くならないか?」
「大丈夫だけど……」
「よく飽きずに毎日食べられるな」
「おいしいもん」
「それは、良かった」
本当にカガリは、平和な奴である。カガリを見ていると、アスランは、日々自分が悩んでいることが、どうでもよくなってくる。
グレープフルーツの話題が出たので、今、渡そうかと、ソファの上に投げ出したカバンを引き寄せて、小さな包みを取り出した。
「あの、さ……」
「うん?」
カガリは、グレープフルーツをスプーンでほじくっていた手を止めて、アスランの方を窺った。
「これ……」
「何?」
アスランがおずおずと差し出した包みを、カガリは無邪気な仕草で受け取った。
クリスマスカラーのラッピングを剥がすと、背の低い円筒形の容器が出てきた。蓋の上には、グレープフルーツの写真のシールが貼られている。
「ボディバターって言うんだって。……水仕事すると、手が荒れるから」
寒くなって、乾燥するようになり、カガリの手にあかぎれができているのに気が付いたアスランは、何か買ってきてやろうと思ったのだ。
「どうやって使うんだ?」
「少し手の平にとって、乾燥が気になるところに伸ばして使うらしい。手だけじゃなくて、全身に使えるそうだ」
初めて見るものに興味津々といった風に、カガリは手の平の上で弄びながら、蓋を開けた。
爽やかな柑橘系の香りが、部屋に広がる。
「幸せの香りがする~」
「幸せ……って、大げさだな、カガリは」
「ありがとな! アスラン!」
「……ああ」
満面の笑みで礼を言うカガリに、アスランは柄にもなく照れたりする。
アスランは、人前では自分を上手に表現できないために、人付き合いが苦手だ。だが、カガリが何にでも簡単に、最大級の喜びを見せるので、こんな自分でも誰かを喜ばせることは簡単なのではないかと思えてくる。
カガリに甘えられたり、頼られたりするのは、面倒くさいけれど、嫌じゃないと思う。アスランは既に、そんな自分をどこかで受け入れていたが、正直に認めるには、まだ何かが足りなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
カガリがボディバターを使う度に、『幸福の香り』が広がった。それは、夜毎、アスランにカガリの存在を刺激させていく。
『幸福の香り』は、甘く、爽やかで、少し苦みを伴わせていた。
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